(トここで聞き入っていたみんなが大きく同時にうなづきます)
源氏 わしはこの間夕顔や葵上を亡くし、藤壺にも会えずに、
 苦しさのあまり朧月夜と契るがこれがあだとなって須磨へ。

冷泉 絵合わせを覚えておられましょうか?
源氏 ああ、あの絵合わせは一生忘れられぬ。罪を許され
 京へ戻った時は御君は帝。
冷泉 十一の時です。

(時折お市が酒肴を運んできます)
源氏 御君は絵をかくのが好きじゃった。
冷泉 梅壺の女御に教えていただきました。
(ト中宮を見る)
中宮 あの時の須磨明石の絵巻は今でもありありと目に浮かびます。
 藤壺の中宮様も。

源氏 今思えば懐かしや親子三人。その後すぐに亡くなった。
冷泉 そのあとに出生の秘密を聞きました。大原野の鷹狩
 の時、意を決してお声掛けをしました。
源氏 あの時の緋色の衣は目に焼き付いておる。帝の言葉とはいえ
 譲位はいかがなものかと断ったの。この時秘密を知ったと悟った。
 そこで御君は准太政天皇にわしを格上げしよった。これで少しは
 気が楽になったのおたがいに。

冷泉 御意にございます。
(二人の笑い声が嵯峨野に響く)

唄 〽 父子は嵯峨野の片隅で 宿世の露を払いつつ
   面影宮の 天覆う 熱き血潮に包まれて
   思いで深き中宮の 笑みと声音を聞きながら
   牛車見送る 老いたる源氏の影姿

                     第一幕  幕 つなぎ