源氏 ふん、なまめかしい匂いじゃ。
玉鬘 父上こそ。出家なさってからは何の香りも致しません。
 まるでセミの抜け殻のようですございますよ。
源氏 空蝉か?わっはっはっはっはっ。

(トそこに塩焼きの鮎が運ばれてきます)
源氏 どうじゃ。此の臭いにはかなうまい、初物じゃ。
玉鬘 私がお口に入れて差し上げます。
源氏 そうか、柚子をたっぷりとな。
(ト玉鬘が箸を運びます)

玉鬘 はい、お口を開けて。あーん。
(和やかな養父と養女の時が流れます)

源氏 蛍の宮の病気の具合はどうじゃ?
玉鬘 弟君でございますか?真木柱様に姫が生まれましてから
 元気になられたそうで。
源氏 そうか、それはよかった。蛍、はは、蛍といえば玉鬘
 覚えておるかあの宵のこと。

玉鬘 もちろんですとも、なんで忘れられましょう。義父のくせに
 言い寄るあなた様にはうんざりしておりましたよ。この色きちがい
 と、ほんとに思っておりました。
源氏 まあそう言うな。弟の兵部が懸想して文を差し込んでいたのは
 知っていたが、まさか上がり込んで来るとは。あの時はほんとに焦
 った。すぐに几帳の陰に隠れはしたが。

玉鬘 几帳の垂れ絹がさっと開いてたくさんの蛍が輝いて飛んできました。
源氏 お前を喜ばすためにそっと籠に入れて隠し持っていたのじゃよ。
玉鬘 まあほんとに。女御にはまめなお方でいらっしゃいました。
源氏 それが源氏よ。しかし妻紫の上が死んでからは全くそうでなくなった。

玉鬘 読経のお声を聞いておりますと昔と少しも変わりませんよ。
 いいお声で、艶があって、つい聞き惚れて歩みをとどめるほど。
源氏 そうか。(ト嬉しそうに笑む)お前の父内大臣にはずっと内緒に
 しておった。筑紫から逃れてきて侍女の右近と出くわしたのは、
 初瀬の観音のおぼしめし。