身代わり王子にご用心







時折聞こえる虫の囁き。窓から響く風鈴の音。灯りを消した暗闇の中で、風に負けないやさしい手に頭を撫でられた。


「……負けるな……これくらいで負けるあなたじゃない」


あの日聞こえなかったはずの声が、柔らかく鼓膜を震わせて頭に染み通る。


ああ、幼い彼はこんな声だったんだ。


それはきっとうたかたにも似た、儚く遠い夏の残夢だった。







「……」


ゆっくり瞼を開くと、光量を落としたシーリングライトの茜色が目に入った。


誰かが気遣って色を変えていてくれたんだろう。夕焼け空に染まった町のように、オレンジ色に沈んだ部屋で身体を起こす。


……大丈夫。もう、気持ち悪くはない。


この2ヶ月ですっかり慣れた8畳間は、一時的に借りて住んでる私の部屋だ。もともとゲストルームとして使われていたから、必要最低限の家具しかない。

クローゼットの設えられたフローリングの部屋は、今どき当たり前かもしれないけど。もともと押し入れのある和室で育ったから、最初は違和感があったっけ。


(でも……私もあと1ヶ月と少しで出ていく)


もともとの仮住いの予定だったから、荷物も必要なものしか持参してない。後は必要に迫られて買ったものがあるけれど、本当に最小限に留めてる。


桂木さんにはずっと住んでくれと懇願されたけど、もとからそんなつもりはなかった。


(私がいたら……まとまるものもまとまらないし)


藤沢さんのことを考えると、ひどく胸が痛んだ。