「桃花さん、桃花さんってば!」
「……あ」
焦げ臭い匂いが鼻をつき、目の前で黒い煙が広がるのをぼうっと見てた。
カチン、とスイッチを切る音がして藤沢さんにフライパンを取り上げられる。
水の流れる音と同時にジュウウ、という音と「あちちっ!」との藤沢さんの声が上がった。
「桃花さん、大丈夫ですか? トーストが真っ黒になってましたよ」
彼女の声でハッと我に返った私は、急いで藤沢さんの手を取る。
「ご、ごめんね。火傷しなかった?」
「大丈夫ですよ。けど、桃花さんこそ体調が悪いんですか? かなりぼんやりしてましたけど」
「あ、……ごめんね。そ、その……ちょっと本を読んでたら、徹夜しちゃって」
「そうなんですか? わたしはてっきり……」
藤沢さんにしては珍しく言葉を濁し、私に探るような目を向けてくるけど。自分の気持ちを知られる訳にはいかないから、とっさに話題を切り替えた。
「あ、あの……最近、資格に興味があって。何か仕事に役立つ資格でも取ろうかなって考えてるの」
「資格……ですか」
「うん。桜花も完全に手が離れたし。お給料をあげるためにスキルアップしようかなと」
(本当は転職のためだけど)
「そうですか。そうですね、わたしも何か勉強したいって思ってたんです。販売って何かあります?」
「販売全般なら販売士かな。いろんな知識が学べるみたいだよ」
話題を反らしながらも、ごまかすために嘘をついてしまったことで胸が痛む。
(でも……あと1ヶ月で離れなきゃいけないんだから)
自分にはそう言い聞かせた。