大谷さんは夫すら忘れたように、媚を乗せた笑みで声色まで変えてカイという人に話しかけ続けた。
「本当にお懐かしいですわ。雪だるまをお作りになったことは憶えてらっしゃいます? ちっちゃなあなた様がとてもお可愛らしくて……」
「ちょっと待って」
カイさんは軽く手を上げて大谷さんの話を遮るけど、笑顔を浮かべたまま予想外のひと言を発した。
「さっきから馴れ馴れしいけど、あなたは誰? 僕は知らないんだけど」
「え……」
その時の大谷さんの顔は……申し訳ないけど、見ものだった。人間ってあんなに目を見開けるものだと、後々まで語り草になったくらい。
コホン、と熊田店長が場の空気を払うように咳払いをして話を始めた。
「え~……この方はヴァルヌス王国から来日中のカイ王子殿下でいらっしゃる。殿下は国営企業の1つ、ツヴィリングカンパニー……の玩具部門を担当され、この度視察のためお忍びで来店された。
ツヴィリングの木製玩具を我がUスーパーが取り扱いを始めるためだ。
本日は一時間ほど視察される予定だが、あまり騒がずいつも通りの仕事を心がけるように」
周りから驚きの声が上がるのも無理はない。
本社の部長クラスが付き従い、黒いスーツの護衛役が3人もつくようなVIPがこんな地方都市のお店に来るなんて。普通は東京に行きそうなものなのに。
それにしても……ヴァルヌス? はて、最近聞いたことがある国名だと思いだそうとしていると、バタンと会議室のドアが開く。
今ごろやって来たのは、眠そうな顔をした高宮さんだった。



