「おいしすぎてほっぺどころか耳まで落ちそうだったよー」

ケーキ屋を出ても幸せにひたっている様子の北川。

「で、これからどーする」

ちゃんと昼飯も食いてえ。

「ん……デート、かな?」

……。

なんちゃって、という言葉も続いて聞こえたが、俺はそんなことよりも。

「……和さん?」

『デート』に動揺していた。

「よし」

「?」

こうなりゃとことんやってやる。

「『デート』、楽しもうぜ?」










その日俺たちは、普通の恋人のように楽しんだ。

俺の財布が薄くなっていくのが少々痛かったが、流行りの映画を見たり動物園に行ってみたり。

そのどこでも北川は笑っていたから、財布が薄くなろうがどうでもよくなってきた。

だがしかし、そういう楽しい時間っつーのは過ぎるのが速いと相場が決まっていて、それは俺たちも例外じゃねえ。

「……」

「……」

待ち合わせた場所で、別れの言葉が見つからず……いや見つかっても言えず、その時計台の下に立ち尽くしていた。

時計台が、六時になったことを示す音楽を流す。

「……帰らなくちゃ、ね」

「……おう」

「あたしさ、今日、先生の『特別』になった?」

頭二つぶんくらい下にある北川の顔からは、感情が読み取れなかった。

「少しだけ『特別』に、なれたかなっ?」

「……」

答えが見つからなかった。

ここで『YES』とでも答えたら、北川は喜ぶんだろうか。

じゃあ逆に『NO』と答えたら、北川は悲しむ?

……それなら、

「北川は、俺の『特別』だ。他の奴らなんかより、ずっと俺に近い位置にいる。びっくりするぜ。気付いたらいつの間にか、すっげー近くにいんだよ……」

「先生……」

そのとき北川は、映画館で満足したときの笑みとも違う、動物園で鹿を見たときの笑みとも違う、俺に笑顔を向けたんだ。

……なあ、北川。

本当の事言っちまうとさ、お前は少しだけ『特別』なんかじゃねえ。

とっくに俺の心ん中に入りこんできてやがる。許した覚えもねえのによ。

俺、お前のこと……生徒として見れてねーんだわ。