声を聞くたび、好きになる


 信じられない。無口極まりないお母さんが、こんなに饒舌(じょうぜつ)になるなんて。よほど、話したくて我慢していた内容なんだな。

 しかし、私には理解できない話だ。養ってくれる親がいるなら、存分に甘えていれば良かったのに。

「就職してまでわざわざ一人暮らしするなんて、不安じゃなかったの?その時のお母さん、今の私より年下じゃんっ」
「不安もあったけど、願望を叶えたい気持ちの方がうんと強かったのよ」
「願望?」
「結婚したかった。というより、早く自分の子供が欲しかったのよ」

 初めて聞いた。かつてのお母さんは結婚願望が強かったんだ。そんな風には見えない。現に、さっきも再婚する気はないって言ってたし。

「ミユのこと怒らせるかもしれないけど、怒らないで聞いてちょうだいね?」
「何?」
「本音を言うとね、結婚をしたかったんじゃなくて、私は子供さえ授かればそれで良かったのよ。旦那は居ても居なくてもどっちでも良かった」
「はい??」

 お母さんが何を言っているのか、さっぱり分からない。

「ちょっと待って?結婚も子供も、男の人がいて初めて成立するものだよね?なのに旦那はいらないって、どういう……?」
「そうよね。お母さん、めちゃくちゃなこと言ってるわよね。自分でも非常識なこと口にしてると思う。だからこそ、今までミユには話せなかったのよ」

 申し訳なさげに、お母さんは目を潤ませる。
 
「お母さん、ずっと、寂しかったのよ。昔から、母親の愛ってものに飢(う)えてた。父には感謝してるけど、やっぱり、それだけじゃ満たされないものがたくさんある。それを、結婚で埋めたかった。自分の家庭を持ちたかった。

 生理的に受け付けない男性でなければ、最低限の生活ができれば、それでいい。自分の子を産めば幸せになれる。孤独じゃなくなる。若い時は、そう思い込んじゃってたのよね……」

 そっか……。ひたすら寂しかったのか。お母さんは私と同じだったんだ……。

「ミユがすくすく育っていくのは嬉しかったけど、同時にお父さんとの仲は冷えていった。そんな軽い気持ちで始めた結婚だしね、性格が合わないことにお互いが気付いてしまった……。それで離婚になったわけだけど、そうなるずっと前から、ミユに対して後ろめたい気持ちが強く湧いていたの。

 私がもっと慎重に旦那を選んでいれば、こうはならなかったかもしれない。ミユの父親として尊敬できる男性と結婚するべきだった。自分の孤独を癒すためにミユを産んでしまった私は、母親失格かもしれない、って。

 ミユが素直に私への愛情を示してくれるたびに、私は自分を赦(ゆる)せなくなっていったの。かといって、自分の間違いを打ち明ける勇気もなかったし、真っ正面から抱きしめてあげることもできなかった。

 気付くのが遅すぎるって、責めてちょうだい?」