海音が、何でそんなことを…?
「仕事が大事なのは分かるけど、こんな時くらいミユの傍にいてあげてほしいって強く言われたの。芹澤さんにそう言われて、私、今までの自分の間違いを全て認めなくちゃって気持ちになった」
「間違いだなんて、おおげさな……。親が仕事で忙しいーなんて珍しくないことだし、それは生活のためなんだから仕方ないよ」
むしろ、一生ニート希望だった私は、社会に出てる女性を強く尊敬していた。
お母さんとは距離のある親子関係だったけど、ここまで育ててくれたことには本当に感謝している。
「だから、謝らないでね」
「ううん……。ミユにはちゃんと話さなきゃ……」
「え?」
話すって何を?
お母さんは覚悟を決めたみたいにゆっくりと話し始める。
「ミユには寂しい思いをさせたと思う。昔からろくに会話もしてこなかったもんね……。私がミユに優しくできなかったのは、出産してからずっと後ろめたい気持ちがあったからなの。
私の親が片親だったことは、知ってるわよね?」
そう。お母さんは、父親(私から見た祖父)に育てられた。お母さんの母親(祖母)は、お母さんが物心つくかつかないかという頃に若い恋人を作って家を出て行き、二度とお母さんの元に帰ってこなかった。それからは、父と娘、二人きりの暮らしが始まる。
「昔は、今ほど育児休暇の制度が整っていなくてね、父は仕事でほとんど家に帰ってこられなかったのよ。仕方のないことなんだけどね……」
子供心に、お母さんは人知れず寂しい思いを抱えていたそうだ。
近所の子供達が母親と手をつないで公園にやってくる様子を、指を加えて一人眺める毎日。
お母さんの事情を知る大人達は何かと気にかけてくれたが、どの人にも自分の子供が居て、その子に惜しみない愛情を注いでいる。大人達のくれる優しさはあくまで義理。無償の愛が自分に向けられることは永遠にないのだと、小学校に上がる頃お母さんは悟ったそうだ。
「自分の子を可愛がる。当然のことかもしれないけど、父とも家族らしい関わりをしたことのない私にはそういう気持ちを理解するのが難しかった。なぜ、皆私のことを自分の子と区別して接するの?って、ただただ悲しくなって……」
十八歳になったお母さんは、就職をキッカケに一人暮らしを始めた。
「まだ未成年だろ、早すぎる!父にはそう反対されたけど、あの家に居たくなかった。だって、父と暮らしていたってどうせ独りぼっちだもの。だったら、もう、父の保護下を抜けて自由になりたかった。だから、進学はしなかったの。高校の先生には短大を勧められてたんだけど、学生って身分に魅力を感じなかったのよね。就職すればお金も自由に使えるし、自分で好きなように行動範囲を広げられる」


