声を聞くたび、好きになる


 今までのように距離を置き、冷静な声音で電話を切ろうとすると、インターホンが鳴った。

『今、家なんでしょ?開けてちょうだい』
「えええっ!?」


 何??インターホン鳴らしてるのはお母さん??どうして!?

 出稼ぎをするようになってから、私を避けるかのように全く帰省なんてしなかったお母さんが、帰ってきた……。電話が来ることすら初めてなんだから、その時点でおかしいと気付くべきだった!

 最近、私の身の回りではあり得ないことばかりが起こる。何なんだ、コレは。
 


 動揺がおさまらないまま、私は玄関を開けた。

 途中、どこかの駅の売店で買ったのだろうお土産の箱や、スーパーのビニール袋を両手に抱え、お母さんはダイニングに直行する。

「もしかして、泊まるの?」
「やぁね、他人を相手するみたいな言い方して。ここは私の家でもあるのよ」
「そうだけど、そういうことじゃなくてっ」

 働くために家を出たきり、手紙やメールすら送ってこなかった人が何を言うか。

 嫌ではないけど、お母さんなんて居ないものとして生活してきたから、急にグイグイ来られても反応に困ってしまう。昔の私なら素直に喜んだのかもしれないけど……。


 私の戸惑いなんて素知らぬ顔で、お母さんは夕食の支度を始めた。

「何か手伝うよ」
「じゃあ、このお肉ボールの中に入れて醤油につけて?ショウガも混ぜてね」
「わかった」

 変なの。昔は、手伝おうとしても「お母さん一人でやれるから遊んでなさい」と言って全く相手にしてくれなかったのに。


「ミユが手伝ってくれたおかげで、早く出来たわよ」
「それは、どうも」

 ほんと、何なんだ。変わり過ぎってくらい変わり過ぎだ。何がお母さんをここまで変えたんだろう?


 出来上がった料理は私の好物ばかりだった。

 酢豚と唐揚げ、茶碗蒸し。豆腐ハンバーグ。ピーマンの肉詰め。肉が多すぎて野菜がほとんど無いというアンバランスな食事。昔も、お母さんの手料理はそんな感じだったっけ……。

 なぜこのチョイスなのか不明だけど、悪い気はしない。悔しいことに、食卓の匂いでお腹が鳴る。

「食べようか、ミユもお腹が空いたでしょう?」

 その微笑みは、幼い私が求めた母親のぬくもりそのものだった。

 欲しかった時に与えられなかったものを今さらもらっても喜べない、なんて思う私はガキっぽい。