こっちからナビ役をかって出るまでもなく、海音は私の自宅方面に向けてスムーズに車を走らせた。

 運転中の横顔。ハンドルに軽く添えられた骨張った手。思わず見とれてしまう。


 流れるように過ぎていく緑豊かな田園風景。

 幼稚園の頃、父方の親戚と数回、この辺りの川に遊びに来たことがある。

 両親が離婚してから父の親戚とは自然と縁が切れたので、そういうことを思い出すのはあまり気持ちが良くない。そう思っていたのに、海音が隣にいる、それだけで、過去の記憶から不快感を感じることはなかった。

 それに、よく知る景色のはずなのに、今眺めているものは全く別の、新しく出会ったばかりの風景に感じられた。

「目が洗われる」

 信号待ちで停車すると、海音は物珍しい動物を前にしたみたいに窓越しの風景を見ていた。

「だったらずっと……」

 だったらずっとこっちに居ればいいのに――。言いそうになり、私はハッとした。

 何考えてるんだろ。海音にも仕事があるのに。

 告白されたからって、甘えすぎだよ。しかも、中途半端な気持ちのまま海音への返事を保留にしてる最中なのに。

 海音とは出会ったばかりだ。流星への片想い歴の方が断然長い。それなのに、どうしてこんな気持ちになるの……?


 海音と、離れたくない。

 これは依存?
 それとも、ちゃんとした愛情?


 もう少し一緒に居たい。

 その思いとは逆に、海音の運転する車は数十分で私の自宅前に到着した。

「ありがとう。それじゃあ、気を付けて……」
「忘れ物してるぞ」

 後部座席に置かせてもらっていた画材入りの袋を手渡される。おずおずとそれを受け取ると、海音の優しい手が私の頭に触れた。

「寂しそうな顔するの、反則」
「だって……」

 私を元気づけるためにわざと陽気に接してくれているのが分かる。それに甘えてしまうからいけないんだけど、私はとても笑って見送る気にはなれなかった。

 このまま離れたら、また、流星と同じように海音も居なくなってしまうような気がする……。

「親と離れて住んでるからって、一人娘をつれ回すわけにいかないからな。社会人としても男としても、ミユのお母さんに隠さなきゃならないようなことはしたくない。分かって?」

 お母さんは、私のことなんて心配しないよ。無関心だもん。昔からそうだった。