旅館でシャワーを浴びると心までスッキリした。

 芹澤さんに誘われ、私は屋外に出た。

「わあ!いい天気ですね」
「お出かけ日和です。さあ、行きましょう」

 服は昨日と同じだし、メイク道具も持っていないからすっぴんだ。自業自得とはいえ、素顔を見られるのが恥ずかしいので芹澤さんの方を見ないようにしていると、顔を覗き込まれた。

「せっかくのデートなんですから、顔を見せてください」
「メイクしてないので見られたくないんです!っていうか、デートなんですかこれっ」
「男女どちらかに恋愛感情があればそれはもうデートでしょう。それに、すっぴんも可愛いですよ。戸塚さんは肌が綺麗だから、ファンデーションを塗ってそれを隠してるのがもったいない」

 そんなこと、初めて言われた。流星のためにと日々頑張ってきたスキンケアも無駄じゃなかったかな?努力を認めてもらえたみたいで、少し嬉しい。

 でも、それはそれとして、芹澤さん、絶対、私のことからかって楽しんでるな?よーし、なら、こっちは余裕に満ちた返事をしようではないか。

「デートですか。だったら、今日一日はお嬢様気分に浸りたいです」
「お嬢様気分、ですか。でしたら、執事の真似事をしましょうか?」
「そう返ってくるとは思いませんでした」

 じとっとした目で返す私に、芹澤さんは余裕に満ちた視線を送る。

「先日、仕事の関係で執事喫茶に行って丁寧な接客を受けたばかりなので、今なら執事っぽく振る舞えそうだと思いまして」
「執事喫茶!?私もちょっと興味あるけど行ったことないです」
「興味あるんですか!?……やはり、執事ブームというだけあって女性からの人気は熱いみたいですね。しかし、戸塚さんまで……。妬けます」

 最後の方、芹澤さんの声は小さくて何を言っているのか聞き取れなかった。


 旅館を出てしばらく歩くと、地元の海が見えた。

 全く知らない場所に連れてこられたのだと思っていたけど、自宅から近い旅館に泊まっていたのだと知り、内心ビックリする。

 芹澤さんは長身で足も長いのに、ここまでの道のりを私の歩幅に合わせて歩いてくれている。女の子扱いされるって、こういうことを言うのかな?


「そういえば、昨夜はどうして、わざわざ旅館に連れてきてくれたんですか?私の家でも良かったのに……」

 芹澤さんならすぐに答えてくれると思ったのに、私の予想はあっさり外れる。

 遠目に海を見ながら、芹澤さんは考えるような間を置き、やがて、明るい声音でこう言った。 

「気まぐれですよ。ただ、私がそうしたかったんです」
「そうですか……」

 何か引っかかるものがあったけど、芹澤さんが好意でそうしてくれたのは間違いない。私は、彼の返答に納得したフリをした。