こういう雰囲気をどうやり過ごせばいいのか分からず黙っていると、芹澤さんは私の手を取り立ち上がった。

「せっかくここまできたんです。今日は一緒に楽しみましょう」
「仕事はいいんですか?」
「誰かさんのせいで有給休暇を取ることになりましたので」
「すっ、すみません。返す言葉もありません……」
「冗談ですよ。私こそすみません」

 芹澤さんは、再び私を抱きしめた。芹澤さんの首筋から、甘くて優しい石鹸の香りがする。

「戸塚さんの困ってる顔が見たくて、つい、イジワルしたくなるんです」
「わざとからかうなんて、ひどいです!」
「可愛らしく表情をコロコロ変えるあなたが悪いんですよ。その純粋さと無謀さで、私を翻弄させる」
「なっ、どこが!」
「一途に恋してるかと思えば、真っ昼間から浴びるように酒を飲んだり、あなたの行動には一貫性が無さすぎる」
「おっしゃる通りです……」

 ううう。さすが敏腕編集というだけあって、言葉巧みというか……。ツッコミが激しい……!

「そんなあなただから惹き付けられる。本当ですよ」
「また、からかうんですね。もうその手には乗りませんから」

 だんだん、冗談ぽく返す余裕が出てくる。

「そこは信じていただけないのですか?戸塚さんは純情で疑い深い方なんですね」
「嫌な女だと、自分でも思います」
「いいえ?私は好きですよ、そういうところ」

 芹澤さん、見た目からして冷静沈着な人だと思ってたのに、ストレートに気持ちをぶつけてくる人なんだなぁ……。なのに、嫌じゃない。

 よく知らない人に好意を向けられまくったら普通は困るはずなのに、私は嬉しい気持ちでいっぱいだった。こういうの幸せだなって、素直に思える。

 まだ芹澤さんのこと全部を信じられないから対応に困るし、流星の存在が胸から消えたわけじゃないけれど……。