信じられない。でも、こんなに熱く見つめられたら、抵抗なんてできない。

 私の体をそっと布団に押し倒し、芹澤さんはその唇を私の頬に這(は)わせた。お互いの胸が重なり、どちらのものか分からない激しい心音が耳に響く。

「あなたの心には他の人が居る。初めて会った時からそれは分かっていました。でも……。これからは、私のことも見て下さい」
「っ……!」

 キスされる!?

 かたく目をつむると、唇と唇が重なりそうな距離で、芹澤さんはピタリと動きを止めた。

「この続きは、戸塚さんに振り向いてもらえるまで我慢します」


 キス、しなかった……。

 肩透かしを食らう。仰向けのまま、私は目をしばたかせ、芹澤さんを見つめた。

 芹澤さんは体を起こすと私の隣に寝そべる。端正な顔に優しい笑みを浮かべて、私の頬を指先でなでた。この時うずいたのは胸の奥なのかそれとも体だったのか、よく分からない。

「そんな可愛い顔、しないで下さい。今、ギリギリのところで理性を保ってるんですから」
「何言ってるんですか!?可愛くなんかないです……!」

 芹澤さんの一言一言に心が揺さぶられ、顔が熱くなる。赤くなるのが自分でもよく分かるからすごく恥ずかしい。

「編集さんだからって、お世辞はいらないです。イラストを誉めてもらうだけで充分励まされますから」
「お世辞は言わない約束でしょう?本音しか言ってません」
「甘い物苦手なのにミルクティー飲んでましたよね。モモに聞きましたよ?芹澤さん、本音を言ってるフリしてウソをつくの得意でしょ?」
「たしかに、甘い物は苦手です。でも、戸塚さんのおかげでミルクティーは好きになりました。子供の時以来飲むのを避けてましたが、あんなに美味しいものなんですね」

 間近に芹澤さんの優しい瞳があるせいで、鼓動がますます早くなる。見つめ合うのが恥ずかしくて、私はあからさまに目をそらした。

「オークションサイトで初めてあなたのイラストを見かけてから、私はあなたという一人の人間に興味を持ちました。もちろん、その才能を高く認めているのは本当ですが、あなた個人と、深いお付き合いをしたいと、心の底では思っていました」
「気持ちは嬉しいですが、そんなこと言われたら恥ずかしくて仕事に集中できませんっ」
「それでも集中させてみせますよ。これでもプロの編集ですから」

 芹澤さんがわざと意地悪な顔を作っているのが分かる。

「黙っているつもりでしたし、そもそもこんな早い段階で告白するなんておかしいと、自分でも思います。でも、戸塚さんの無垢(むく)な寝顔を見て感じたのです。本音を隠して接するのは卑怯かもしれないと」
「芹澤さん……」

 寝顔、見られてたんだ……。恥ずかしいな。変な顔してないといいけど。