「いいんですよ。戸塚さん、頭を上げて下さい」

 私の背中をそっと抱き起こす芹澤さんの腕がとてもあたたかくて、泣きそうになる。こんな状況なのに、何を考えてるんだろう。

「もういいんです。他の事は気にせず、戸塚さんはゆっくり休んで下さい。何かと心身の疲れもあったのでしょうから」
「良くないです。出版社でのお仕事があるのに、警察から呼び出されて東京から来てくれたんですよね?本当にすみません。交通費とここの宿泊費、全額返します」

 それで許してもらえるとは思わないけど……。

「返さないで下さい」
「え?」
「編集としてではなく男として、ここは格好つけさせてほしいんです」

 芹澤さんのセリフの意味が、この時までは分からなかった。

「でも……。いくら私の担当をしてもらっているとはいえ、そこまでしてもらうのはちょっと……」

 枕元に置かれているカバンをたぐりよせ、中に入っている財布を芹澤さんに渡した。色々買うつもりだったから、お金はたくさん入っている。

「こんなことしないで下さい。もらう気はありません」

 財布の受け取りをやんわりした仕草で拒否すると同時に、芹澤さんは私に向かって両手を広げ、重たくけだるいこの体を抱きしめた。

「あの、芹澤さんっ!?」

 どうして、こんなことを!?

 全身に広がる芹澤さんの熱は、男の人のものだった。昔はよく冗談とかでモモとハグをしあっていたけど、それとは全く違う意味合いの抱擁(ほうよう)。

 芹澤さんの行動の意味を理解するのは、私には難し過ぎた。

「ここまでしてもらわなくても、芹澤さんの親切心は充分伝わりましたからっ…!」
「大切な看板作家さん相手だとしても、仕事の関係だけでここまではしません」
「え?」

 抱きしめる力が、わずかに強くなる。かすれた声で、芹澤さんはささやいた。

「戸塚さんの心を引き受けたい。つらいことがあるなら話を聞きます。私が相談に乗ります。だからもう、街中で歩きながらお酒を飲むなんて無茶な真似、二度としないで下さい!あなたは女性なんですよ!?今回は何事もなく警察に保護してもらえたから良かったものの、何かあったらどうするんですか!?」
「芹澤さん……」
「出会ったばかりで信じてもらえないかもしれませんが……」

 私の体に腕を絡めたまま、芹澤さんは深いまなざしで私を見つめる。

「戸塚さんのことが好きです」