海音の休日、私はたいてい仕事で忙しくしているので、デートらしいデートはまだしたことがない。付き合う前とあまり変化のない雰囲気が保たれているのが不思議でもあり、私としては安心できる理由でもあった。

 世間一般的な恋人同士がどんな風に関係を深めているのか、気にならないといったらウソになるけど……。

 人間関係の急激な変化は、人付き合いに不慣れな私には気後れしてしまうことだから。

 海音も、私の気持ちを察して今まで通りに接してくれている。


 イラストの創作作業が一段落すると、海音はかいがいしくミルクティーを淹れてくれた。疲れた体に、ほどよい甘さと上品な香りが染み渡る。

「おいしい」
「幸せそうな顔して……」

 頬をゆるめリラックスモードの私を背後から抱きしめ、海音はつぶやく。

「ずっと、こうしてたいな」

 甘い吐息が耳にかかってくすぐったい。聞き取りやすく耳に心地いい海音の声が、私を満たしてゆくようだった。

 初めて会った時から、海音の存在は特別だった。私に、知らなかった彩りを見せていた。

 海音との関係が影響しているのか、最近、私の描くイラストに新しい評価が増えた。優しくて甘い雰囲気になった、と。

「自分では分からないんだけど、海音も、私の絵、雰囲気変わったと思う?」
「うん。デビュー作とは全く違う色になった。やっぱり、クリエイターは感性の変化に正直なんだな」
「最初の方が良かった?」
「どっちも好きだよ。イラストだけじゃなく、ミユの雰囲気も変わった」

 抱きしめる腕に、力がこもる。

「どんな風に?」
「甘くて柔らかくて、俺の理性を崩すような」
「海音……。またからかってる?」
「本音だ。他の男に見せたくない……」

 切なげにつぶやく海音の声に、お腹の奥がキュッとなるのを感じた。後ろから抱きしめられたまま、そっと、海音の唇が私の頬に触れる。

 この先、私達は何色に染まっていくのだろう。少しずつ変化しあたためあいながら恋を深める日は近い。そんな気がする。


 声を聞くたび、私は海音を好きになる。今までも、今日も、これからも、それは変わらない。


 声には不思議な魔力がある。発する人のイメージを作るのはもちろん、その人の性格や気持ちまで表現する力が、声にはある。

 声に関する日本語の表現がたくさん存在している理由も、今ならよく分かる。


「海音。声を聞くたび、好きになる」

 私の声は、気持ちは、伝わっている――。背中から包むように伝わる海音のぬくもりが、それを教えてくれた。










《完》