声を聞くたび、好きになる


 秋吉さんは、海音と別れた後に別の男性と付き合っていたそうだが、その人は秋吉さんの仕事に理解がなく、芸術的な感性も彼女と合わなかったそうだ。

 仕事柄なのか、私達クリエイターは、物語の流れやキャラクターのセリフから細やかな感情や情景を読み取る能力が自然と養われてきている。秋吉さんもそうだったのだろう。でも、彼女の彼氏はそういうのが読み取れないタイプだった。

 一緒に映画やテレビドラマを見ていると、「何でこうなるの?説明は?」「このセリフ、意味不明」そんなことを平然と口にする彼と一緒にいることを秋吉さんは苦痛に感じ、次第にそれは別れたいほどのストレスになっていった。

「エリカはそいつと別れた。俺とその男を比べて、よけいつらくなったらしい」

 分かる気がする。映画見てる傍でいちいちそんなことを言われたら、私もイラッとする。


 そんなことがあった後、イラストレーター契約をきっかけに親しくなっていく海音と私を見て、秋吉さんは海音への未練を強く自覚したそうだ。

 私が海音に告白された頃、海音もまた、秋吉さんに好意を打ち明けられていた。「私にはあなたしかいない。やり直したい」と。でも、海音は彼女の気持ちに応えなかった。

「エリカは、ミユさえいなくなれば俺の気持ちが再び自分に向くと思ったらしい。盗作騒動が落ち着くまで絵の仕事を休ませるよう編集長に意見したのは、ミユをこれ以上傷付けたくなかったからだ」

 知らなかった。私を遠ざけるためじゃなく守るために、海音は動いてくれていたんだ……。

「この世界は穏やかに見えるけど、目をそらしたくなるくらい汚い部分もたくさんある。

 ミユは感受性が豊かだからいい作品を描く。それは同時に、他者の攻撃で傷付く度合いも大きくなるってことだ。初めから分かっていた。鈍感な人間なら感じないような痛みを、ミユは人一倍感じるんだって。

 ミユにはまっさらな気持ちでいてほしかった。たとえ、プロのイラストレーターじゃない普通の女の子だったとしても……」

 私の両手を取り、海音は柔らかくにぎった。あたたかい手から、海音の優しさが伝わってくる。

「エリカには悪いことをしたと思ってる。専門学校で出会った頃からアイツはイラストが好きで、生き生きしてるのにふとした時にどこか寂しそうな顔をしてて……。俺はアイツに、ミユの姿を重ねてた……。それに気付いたから別れた」
「そうだったの……?」

 秋吉さんに、恋をしていなかった?

「ずっと、ミユに会いたかった。昔から、ミユのこと守りたかった。ミユの絵が好きだった。それ以上にミユのことが好きだった。親のことで寂しそうにしてるミユを放っておけなかった……。

 オークションでミユのイラストを見つけた時、奇跡だと思った。ミユの友達が持ってたプリクラを見て、鳥肌が立つほど感激した。仕事で再会できて、本当に嬉しかった。

 振り向かせたい、でも、そばにいたい。傷付けたくない。守りたい。独り占めしたい……。ミユに会うたび色んな感情に支配されて、息苦しくも幸せだった。気持ち隠して接するの、大変だった……」

 そっと、頬にキスをされる。蒸した夏の空気より熱い海音の唇。

 彼の胸が目の前にある。ドクン、ドクンと、海音の心臓が早く動いているのが分かる。

 疑う余地のない愛情に包み込まれるのを、肌で感じた。

「海音……」

 迷子になった小さい子供みたいに、すがる思いで海音の両手を握り返す。

「俺はひどい男だ。ミユの思っているような人間じゃない……」

 秋吉さんと交際したことを言っているのだと分かる。

 そうだね、海音はひどい人だ。いくら私を好きだったからって、その影を重ねて秋吉さんを抱いた。秋吉さんにとっても苦痛だっただろうし、私だってそんな海音の姿は想像もしたくない。でも、それでも。

「私は海音の一番になりたい。もう、海音なしじゃ、私は私じゃなくなるから……!」
「一番にならなくていい。ミユは、たった一人の大切な人だ」
「私もだよ、海音」
「嫌だと言っても、もう、この手は離さない。夢みたいだ……」

 お互いに、恋の情熱だけで相手を見ていられたらいいのに、私達は時に汚れて、視界を曇らせてしまう。それすら愛の形なのだと、これからは信じていける。

 誤解をとくため話しづらいことまで教えてくれて、嬉しかった。海音の腕の中は、どこよりも安心できる。