声を聞くたび、好きになる


 自宅前の壁にもたれて立っていたのは、私が今いちばん会いたい人だった。こちらに気付くと、海音は幻を見ているみたいに目をこらす。

 いつもはパリッと着こなしているスーツがシワになっているのを見て、胸が甘い痛みでしめつけられる。暑い中、ここへ来るため海音は走ってきてくれたのだろうか?

 私達を、月の光が柔らかく照らしている。

「海音……」
「やっと、会えた。どこ行ってたんだよ」

 心の奥まで染み渡るような、海音の声。

「さっきのメールに、拒否権使わせてもらう」

 仕事を失って気が動転していた私は、感情まかせに別れのメールを送っていた。それに対しての言葉なのだろう。

「拒否権っていうか……。私も海音に言いたいことがある!」

 電車で声をかけてくれた男の子。名前も知らない彼に、人生最大の勇気をもらった。

「海音のこと、好き!」

 言った!言えた!ちゃんと、隠さずに言えたよ…!!

「海音が私と仕事するのを嫌がってたことも、専門学校行ってた頃から秋吉さんと付き合ってるってことも知ってる。それでも私は、海音を好きなのをやめられそうにない。ただ、伝えたかった!私、いつか海音の一番になってみせるから……」
「っ、くくく……」

 海音は声を押し殺して笑っている。

「な!人の告白笑うなんてひどい!」
「ひどいのはミユだろ」
「どこが!?」
「誤解してるよ。しても仕方ないんだけどさ、それにしてもひどすぎる……。エリカとは別れてだいぶ経つ。付き合ってたのは専門卒業後の1年くらいだったし」
「でっ、でも、秋吉さんは専門学校時代からずっと付き合ってるって!海音のこと呼び捨てしてたし!」
「呼び捨ては専門学校で知り合った時からだ。アイツ、どれだけ人を嫌な男にする気だ?そういう設定は自分の作品に生かせばいいものを人を蹴落とす道具にするなんて、厳重注意が必要だな」
「でも、海音は私のこと面倒なイラストレーターだって言ってたんだよね?転がしやすいとか、調子に乗ってるとか……」

 小さく息をつくと、海音は優しい目をして私の頬をつまむ。

「それ皆、端(はた)から俺を見てたエリカの想像に過ぎない。俺はそんなこと言ってないし思ってもいない。

 たしかに、編集者の仕事はきついし時に敵を作ることもある。でも、それ以上にやりがいがあるし楽しい。ミユがステップアップしていく姿が、仕事中の喜びだった」
「本当に?信じてもいい?」
「これから信じさせる。行動でな」
「……うん」
「にしたって、ミユを嫌ってるなんて、どこをどう見たらそうなるんだ?」
「だって……」