声を聞くたび、好きになる


 わずかにうろたえる海音の様子が、声音の変化で分かる。

『お互い大人の男と女だしな。ひととおりのことはした』

 こちらを見下すような秋吉さんの声が鮮明に思い出された。やっぱり訊かなきゃ良かった。痛みで頭がおかしくなりそう……。

 私、何がしたいんだろう?自分で自分が分からない。

「じゃあさ、仕事と恋愛、どっちが好き?」
『それまた突拍子もない質問だな』
「はぐらかさないで答えて」
『選べない。だいたい、比べるものじゃないだろ?どっちも大切にしたい。恋があるから仕事も頑張れるし、仕事があるから恋を楽しめる。少なくとも、俺はその二つを両立させたい派だ』
「ありがとう。答えてくれて。なんか色々ごめんね」

 海音の本心を探るためにした質問も、最後は自分の都合優先になっていた。もう嫌われているのだから、うざいくらいに詮索してとことん嫌われるのもいいかな、と。

『謝らなくていい。でも、ミユらしくないことばっかり訊いてきたな。そこまで俺に興味持ってくれたの初めてじゃない?』
「……興味っていうか……。さっき秋吉さんから連絡があったよ」
『エリカが?アイツ、何でミユの番号を……』
「海音のスマホ見たって」
『アイツ、またそんなことを……。前も似たようなことしたんだよ。きつく言っておく』

 もっと動揺するかと思っていたのに、海音は落ち着いている。その冷静さが憎らしくなってきた。

 これ以上嫌な女と思われたくない。早く電話を切らないと。

『アイツ、ミユに何か言ったのか?』
「私からわざわざ言わなきゃダメ?」
『ダメじゃないけど……。エリカと何かあったせいで、ミユの様子が違うんだと思ってな』

 とびきり明るい声で、私は海音が信じそうなウソをついた。

「イラスト描く時の参考にしたかったんだよ。男性心理ってよく分からないから、海音にああいう質問して研究したかった」
『そういうことか!そうだな、創作する上で無駄な知識なんてないからな。いい心がけだ』
「今、夜ご飯の用意しててガスの火付けっぱなしだから、もう切るね!」
『そっか、長話して悪かったな。仕事に関しては、またパソコンにメールするな』

 苦しい言い訳だったかもしれないけど、波風を立てることなく無事に話せてよかった。
 
 海音に抱く様々な感情を振り払うかのように、私は静かなダイニングに入った。むわっとした空気。エアコンの効いた自室に慣れた体から、じわじわと汗が流れた。

 暑い……。窓から見える夏の夕焼け空が、崩れそうなこの心をいたぶるようだ。みじめで、やるせなくて、胸が震える。


 翌日から、私は予定通り仕事を再開した。

 出版社のアドレスから届くメールで詳細を確認し、作業する。海音や流星、秋吉さん。心を脅(おびや)かす全ての存在を記憶の彼方にやりたかった。ひたすら集中する。

 これまではひたすら創作に打ち込めばその世界観にスッと浸れたのに、今回は全く調子が出ず、イマジネーションも湧かなかった。