もちろんあたしも本気で言ったわけじゃない。
家でのイライラの延長で、ついあんなことを口にしてしまっただけだった。
だけど…
「いいから貸してよ、ハサミ」
サエはそう言うと、ノアが渋々出したハサミを受け取り、美波の机の目の前に立った。
脅しだと思ってた。
いくらサエでも、美波の髪を切るなんてこと…しないと思っていた。
「ねぇ、美波?前髪邪魔でしょ?」
「……」
「邪魔だよね?ねぇ?」
「……」
教室の空気が、どんどん張り詰めていくのを肌で感じた。
そっか、今…あいつがいないんだった。
今は教室に吉岡がいない。
男子達数人と、さっき教室から出て行ってしまっていた。
あの時以来、吉岡が教室にいる時はサエは美波に何もしなかった。
だけど、今はサエを止めるような奴は誰もいない。