「千夏聞いていい?」


最初に沈黙を破ってくれたのは桂馬の方だった。いつになく真剣な目をした彼の質問に、私は首を縦に振った。


「……和樹のこと覚えてるんだよな?」


そうだよ、そこから確認しなくちゃいけないよね。


「うん、ちゃんと覚えてる。昨日の事もはっきりと」


きっとみんなの記憶には一切残っていない出来事も、私には嫌になるくらい鮮明に残っている。昔からこんな自分が嫌で仕方なかった。


「……だよな。千夏と話をしてたから、和樹が消えていることに気づかなかった。俺1人が変わってると思っていたから、まさか俺と同じ様な人がいるなんて今まで想像すらしてなかった」


桂馬は少しずつ話をしてくれた。


桂馬が体験した今までのことを。私と同じように苦しんできた事を。


人との違いが同じ人がこんなにも傍にいたなんて……少し気持ちが軽くなった。


「俺がさ人と違うって最初に気づいたのは、小学生の時だったかな。その頃はばあちゃんも居たんだけどさ、ある日突然居なくなったんだ。朝、買い物に行ってくるって言って出かけたのに、一向に帰って来なくてさ親に尋ねたら、誰もばあちゃんの事を覚えていなかった。まるで最初からそんな人存在しなかったように」


ぽつぽつと話をしながら、桂馬の表情は苦しそうに歪んでいる。きっと、昔のことを思い出しているんだろう。


「なぜかさ、一緒に生活していた痕跡すらないんだよ。親に訴えても、体調が悪いんじゃないかと心配される始末で俺1人が知ってるって、自分でも俺だけがおかしいと思うようになっていったんだ。いつからか、家族が消えても友達が消えても誰にも確認しないようになってた。まさか、こんなに近くにいると思っていなかったからな」


手を組んで、その手をじっと見つめていた桂馬は、そこまで話をすると顔をあげた。近くに居るって、私のことだよね。


「千夏も……」


「私も?」


私の名前を呼びながら、腕を伸ばすと大きな掌を私の頬へと添えた。


「昔のこと話して。同じだから分かるけど、辛い事もあっただろ?さっき泣いてたのも思い出したからじゃないのか?」


……そこまで気づいてたんだ。


触れ合っている肌から伝わる熱に、1人じゃないんだと心が温かくなった。