「馬鹿だな、そんなことに惑わされて……」

夏美さんは独り言みたいにそう呟かれて、肩を震わせた。



「あ、もう一つ確認だけど、今、付き合ってる人なんていないよね?」

「え…ええ、もちろんです。」

「じゃあ、優一と付き合ってやってよ。
っていうか、結婚してやってもらえないかな?」

「うっ!」



夏美さんがおかしなことをおっしゃるから、私は飲んでいたお茶が器官に入ってげほげほとむせこんだ。



「大丈夫?」

夏美さんは私の背中をさすって下さった。



「だ、大丈夫です。」

「ごめんね、びっくりさせちゃったかな?
しかも、あまりにも勝手な言い分だよね……
でも、どうかな?
真剣に考えてみてもらえないかな?
……そりゃあ、今の優一はまだ心が健康とは言えない。
でも、確実に良くはなって来てると思うんだ。
なんだったら、病院に通わせるっていう手もあるよね。
お金のことも、もし、優一になにかあっても、二人が食べて行けるように私が責任を持って援助する。
どうかな?
やっぱり……そういう人間とは結婚なんて出来ない?」

「夏美さん……私の母も昔、事故に遭ったことがあって……
別人みたいになって荒れてた時期があるんです。
だから、ある程度はわかるんです。
大きな悲しみや衝撃を受けた人がどうなるのかは……
もちろん、偏見だってありません。
だけど……私は、優一さんと釣り合うような人間じゃないんです。
私は……馬鹿で愚かでどうしようもない人間ですから……」

「どういうこと?
詳しく聞かせて……」

話したら、きっと嫌われる。
もしかしたら、花屋だってやめさせられるかもしれない。
そう思ったけど、ここまで来たらもう何もかもぶちまけて、すべてを終わらせてしまいたい気持ちになっていた。



(そうすれば、楽になれるから……)



私は大きく深呼吸をして、智君に騙された嫌な記憶を夏美さんに洗いざらい話して聞かせた。