「じゃあ、行って来ます!」



次の日、私は戸田野に向かって出かけた。
ちょうど、小太郎ちゃんが帰って来る頃合いを見計らって家を出た。
その時間なら、堤さんが駅の近くに来られることはないし、出会う可能性はないから。
母には、いつものように、堤さんの家に行くようなことを言っておいた。



戸田野までは電車で6つ。
20分ちょっとだ。
心地良い電車の揺れに身を委ね、のんびりと窓の景色を見ているうちに、すぐに着く。



私が思ってた大きな建物は、やはり総合病院だった。
駅からゆっくりと歩いても10分もかからない。
まさか、堤さんが母の通ってる病院についてそんなに関心をもたれてるとは思わないけど、もし、何か話題が出たら答えられるようにと、病院の周りをぐるっとめぐり、待合室にも入ってみた。
特に目をひくものは何もない、ごくありきたりな病院の風景だった。
またおかしな真似をしていることに、我ながら馬鹿だなと小さな溜息を吐き……
お茶でも飲んで帰ろうと思ったものの、駅の周辺には落ち着けそうな喫茶店が見当たらなかった。
仕方なく諦めて帰ろうと思い、電車に乗り込んだものの……
私は、途中の桃田で降りてしまってた。
せっかくわざわざ出かけて来たのに、あれだけで帰ってしまうのは、あまりにもったいない気がしたからだ。



桃田の街は平日の昼間でも大勢の人々で賑わっていた。
あたりを少しぶらぶらしながら冷やかして、それからお気に入りの喫茶店に向かった。
先日、堤さんや小太郎ちゃんと行ったあの店だ。
香りの良い紅茶を飲みながら、私はぼんやりとあの日のことを思い出していた。
仏間に置く花台を探しに来たあの日のこと。
まだ、そんなに前のことじゃないのに、なんだかとても懐かしい気がした。



ただの買い物…
それがこんなにも愛しい記憶になってるなんて……



(本当に馬鹿みたい……)



忘れなきゃと思えば思うほどいろんなことが思い出されて、私はいたたまれなくなって立ち上がった。
ふと、目に付いた柱時計は、6時40分を指していた。
いつの間にこんな時間が経っていたのだろうと驚きながらレジに向かった時、私の目の前を思いがけない人が通り過ぎた。



(……夏美さん!)



夏美さんは一人ではなかった。
先日、この近くで見た時に一緒だったあの男性……
夏美さんはまたあの男性と一緒だった。
親しげに腕を組んで歩いて行く二人の後ろ姿に、私はただ茫然と立ち尽くし、見送ることしか出来なかった。