「篠宮さん、ちょっと良い…?」

「はい、何でしょう?」



少し手がすいた頃、私は奥様に声をかけられた。
私達は店の奥のベンチに並んで腰かけた。



「あのね……ちょっと言いにくい話なんだけど……」

奥様は本当に話しにくそうで……
それがきっと良くない話だということはなんとなく感じたものの、思い当たることは何もない。
奥様は、ペットボトルのお茶をぐいと飲まれた。



「実はね……
さっき、鈴木さんって方に呼ばれたんだけど……あなたも知ってるわよね、鈴木さん……」

「苗字までは知らなかったんですが、翔君のママのことですよね?」

「多分そうだと思うわ。
さっき、店の前に私と一緒にいた人。
お子さんが小太郎ちゃんと同じ幼稚園に通ってるっておっしゃってたわ。」

「はい、存じてます。」

奥様は頷き、またお茶を一口飲まれた。



「それで……あなた、堤さんご夫婦とはどういうお付き合いなの?」

「どういうって……」

その時に、ふと頭の中を過るものがあった。
それは、先日、堤さんのお宅にお邪魔してた時のこと。
ちょうど、堤さんはお電話中だったので、私が代わりに出たら、そこには小太郎ちゃんを連れた翔君とママが立っていて……
その時の翔君ママの顔は、驚きだけではない、何か不愉快な顔のように思えたことを。



「堤さんの体調が悪くなられた時にお宅にお送りして、それから数日、小太郎ちゃんのお世話をしました。
そもそもはそれがご縁で……それから、その……堤さんが、私が飾ったお花を気に入って下さって、それで、お花のことを教えてほしいって言われて……」

「それで、お休みの日に堤さんのお宅に遊びに行ってるってことなの?」

「遊びにっていうのか、私がお花のことをお教えするのに、月謝を払うなんておっしゃるものですから、そんなものはいただけないってお断りしたんですね。
だけど、それは困るっておっしゃられて……それで、それじゃあ、月謝の代わりにお料理を教えて下さいってお願いしたんです。
堤さん、お料理がとてもお上手なので……」

「そうだったの……
あの人の話では、奥様がいらっしゃらない時にあなたが家に上がり込んで、好き勝手してるって……
特に先週は小太郎ちゃんもいなかったし、なんというのか…ほら……そういうことを疑ってるっていうのか……」

とても言いにくそうに、奥様はそう話された。
聞いているうちに、怒りと恥ずかしさで私の鼓動は早鐘を打ち始めた。