形なき愛を血と称して


「ラズっ!」

号砲らしい声は、ラズを銃弾とさせる。


人間の足よりも速い獣は、リヒルトが部屋から出る頃には外を駆けていた。

後に続く主は猟銃を手に取り、駆けてみせるが、血を失い過ぎたため、足取りが思うように行かない。

「ちっ」

動けない体を捨てたい気持ちともなるが、そんなことも出来るわけもなく、リヒルトは体に鞭打った。

気を失ってもいいほどだが、目に映る光景がそうはさせてくれない。

柵の向こう側。トトから薬を貰うのと同時に、ラズに喉元を食いちぎられる黒い羊。


間に合ったかと思えど、“にたり”と笑う羊(悪魔)がリヒルトを見た。

「願い一つ、ひと、ひ、かなえ、ひと、ひ、ヒヒヒヒっ!」

狂った哄笑が、全てを奪い去る。

羊の首が落ち、残った羊毛も抜け落ちた中身にあったのは、ひしめきあった多種多様の“四肢”。

人間、獣、虫、数多の手足が重なりあい、さも胴体であるかのように密集し、巨大な肉塊となっている。

獣の蹄が柵を壊した。
人の手がラズの首を掴み。
虫の足がトトの体に絡みつく。

「ラズっ、ラズー!」

トトの悲痛は、悲鳴すらも上げられないラズの代弁でもあったようだった。

人間の手ーーとは言っても、巨人のそれに近しい大きさで掴まれたのであっては、首を絞めるではなく、“首を潰す”に相違ない。


目をギョロつかせ、口から泡を吐き、もがく犬に、普段の勇ましさはなく。

“ボキッ”と、首が折れて動かなくなるまで、時間はかからなかった。