形なき愛を血と称して


「っ、げほっ!」

皿が落ちる。
咳き込む彼女が目にしたのは、青白い顔をしている愛しい人。

暗がりで気づけなかった。

「大丈夫?」

肌に触れた指先が、氷のように冷たく、トトの肌に鳥肌が立った。

「なん……で」

皿の破片と混ざったホットケーキを見る。
美味しそうに見えたはずの赤いグランベリーソースが、毒々しい色に見えてしまった。

「そうか。やっぱり、血液はそのまま飲んだ方が美味しいのか。同じ味で飽きるかと思ったけど、混ぜて不味くなっては元も子もないねぇ」

これも失敗かと言う人の手首には幾重にも巻かれた包帯。いつかの傷のはずなのに、今なお、包帯に滲むほどの赤はつい先ほどまで、彼が何をしているかを露見しているようだった。

「ああ、でも、さっきも言った通りに、“色々と作っているんだ”。他の料理なら、口に合うものも見つかるかもしれないよ。さあ、トトちゃん。来るんだ。ーー来なさい」

命令口調となったのは、トトが窓辺まで距離を取ったから。また逃げる気であるのは嫌でも分かる。

「どうせ戻ってくる。そうは分かっていても、君が離れていくのは辛いんだ。だからこそ、君も納得出来るように考え、手を尽くしているのにーー。ああ、次は目隠しをしようか。僕が傷つくのを見たくないというのなら」

健康な人の肌色を捨てた腕が伸びる。
届く前、トトは窓から外に出た。

「どうして、分かってくれない」

羽がない者は、窓から身を乗り出すのみ。


「何が間違っているんだ。どうして、もっと僕を愛してくれない……!」

君だけの愛が欲しいと、尚も腕を伸ばす。

夜空の星を掴むように、届くことないと分かっていても。

「私は、リヒルトさんのことを愛しています」

だからと、行ってしまう彼女の言葉を理解する余裕もなかった。

彼女のために行うことが、間違いであるわけがない。彼女を幸せにしたいだけなのに、何がいけないというのか。

今にも窓枠から滑り落ちそうなほどうなだれるリヒルトだったが、トトが持っていた薬を思い出す。

使用者の末路を見続け、それを踏まえて使いたくないと言っていた彼女が、どうしてあれを?

彼女が欲しいならば何でも与える気でいたが、疑問は湧く。自然と、飛行するトトに目が行くわけだがーーその先にある黒い羊で、全ての合点がついた。