形なき愛を血と称して


「や、ぃや」

首を横に振るトトを、リヒルトは無理やり立たせた。

「やるんだ。病みつきになるよ」

「や、やだ……ぁ」

「やりなさい」

「いやっ、イヤです」

逃げようとするトトの腕を離さず、もっと間近で見せつけるためにトトを憎むべき相手のそばまで引きずる。

「見てごらん、トトちゃん。今まで君を虐げた奴だ。グランシエル家が当主。人間(餌)なんかと契約してしまう、弱小一族の長だ。混血たる君を阻害することで、優越感に浸るような醜く小さな奴らの歴史が、ここで終わる。君はグランシエルの名に誇りを持っていたみたいだが、間違いだ。グランシエル家は衰退している」

カウヘンヘルム家もそうであるように、時代は全てを変えさせる。

どれほどの栄華を極めようとも、何百年経てば風化する。

リヒルトの代になってから、下等な吸血鬼しか送らないと思っていれば、その実、そんな輩しかいなくなったのだろう。

「真の強者は、弱いもの虐めなどしないものだ。強者は更なる強者に挑むことしか考えていない。ここまで言ったら分かるだろう?グランシエル家を潰すことに戸惑いなんか覚えなくてもいい。遅かれ早かれなのだから、今ここで、トトちゃんが潰しなよ。当主が終われば、次の吸血鬼。それが終わればまた次。どんどん殺して、復讐しよう。僕の血を飲んで、吸血鬼としての力を持っていけば、君の腕でもこれの頭ぐらいもぎ取れる。吸血鬼じゃないと虐げてきた奴に、その力を見せつければいい。それこそが、復讐だ、最高の。そうなるように手伝うよ。トトちゃんが少しでも幸せになるように、そうしてーー」

憎しみも、イラつきも、トトの顔を見た途端になくなった血塗れの人は。

「もっと、僕を愛して」

そう微笑んだ。

「っ……!」

ようやっと、トトが彼の腕から離れた時。トトはそのまま、彼に背を向けた。

追いかけようとリヒルトの足が動いたが、止まる。

「これも、違うか」

いい案だと思ったのにと、些細な失敗でもしたかのように溜め息をつく。

人間の血を飲むことで、少しずつだが吸血鬼らしい身体能力を身につけているトト。その力を復讐のために使えるとなれば、進んでリヒルトの血を飲むと考えたのだが。


「残念だ」

そう呟いた後、「残さず食べろ」と続けて言えば、豪快な咀嚼音が部屋に響く。


この部屋の“掃除”は、ラズに任せればいいと、リヒルトも部屋を後にした。

トトを追ってもいいが、今行けば余計に逃げられるかと家からは出ない。

「どうせ、帰ってくる」

そんな確信があるのだから、リヒルトは待つに徹する。

ただし、彼女にはもっと愛してもらいたいから。

「喜ばせなきゃいけないねぇ」

治りきっていない手首の傷に、爪を立てたのだった。