形なき愛を血と称して


部屋の中心にある紋様が、鈍く光り、周囲を照らす。

「やあ、トトちゃん。待っていたよ」

円の外で猟銃片手に立ち上がり、微笑む人と。

「……」

円の中心で、横たわる物体(何か)。

「りひ、る……さ」

「どうしたの?座り込んで。ああ、怖がらなくてもいいよ。今の“あれ”は、君に近づくことも出来ないのだから」

手を伸ばす彼。それすらも掴めず、トトはひたすらに、円の中心にいる人物を凝視した。

それと、“目”が合う。

人だった。トトやリヒルトと同じ顔がある人なのに、そうと分類出来なかったのは、体の大部分が無くなっていたから。

腰から下がなく。血にまみれた赤い物体。
通常なら死んでいるはずなのに、目が合った時点でまだそれは呼吸をしている。

人間には到底出来ない芸当は、その物体が。

「とう、しゅ……」

自身と同じ吸血鬼であり、見覚えある顔だったから。

グランシエル家が当主。一族の長にして、トトをリヒルトのもとに遣わしーー

「“笑えるよねぇ”。トトちゃんを虐げてきた奴に、相応しい有り様だよ」

自身を虐げてきた者。

「ぁ、あ……」

ぶり返した過去の記憶が、トトに吐き気を与える。口元を押さえ、嗚咽する背中をリヒルトはさすった。

「思い出じゃなくて、今を見れば気分も良くなるよ。そうして、好きにするといい。殴るも蹴るも、牙を抜くも。ありとあらゆる罵倒を重ね、命乞いさせ、その首を跳ねることさえも。何をしてもいい。今のこいつは、ゴミ同然なのだから。トトちゃんの好きにしていいんだよ」

それを証明するかのように、リヒルトはグランシエル家当主に近づく。

餌たる人間が吸血鬼に近づいては危険。などという言葉は、現状では通じないだろう。

吸血鬼の返り血を浴びたリヒルトこそが、搾取する側。彼は当たり前のように、吸血鬼の長を踏みつけた。

ぎっ、と短い悲鳴が上がる。
後に、嗚咽。

泣いているのかと思えど、表情は笑っていた。

「ひ、ひゃ、ひひ」

合っていた目が“ぶれる”。
瞳孔が定まらず、泳ぎ、唇が引き伸ばされる。

目、鼻、口からだらしなく滴る体液は無色。それらが床へ垂れ流しとなっている血液と混ざり合っていた。

狂った人。けど、トトはこの光景を見たことがある。

「薬、を……」

悦楽に身を委ねて、ただいるだけでーー空気に触れただけでも絶頂するような人は、あちらでしか見られないと思ったのに。

「薬の精製方法を教えよう。その代わり、カウヘンヘルム家との契約を切ることが条件だ。ーーって、言えばやってきたよ。吸血鬼にとって、人間は家畜同然らしいからねぇ。自分の命可愛さに、何百年と続いた伝統すらも壊す愚かしい生き物と思われたみたいだ。もしくは、契約破棄をした途端に殺してやればいいと舐められていたか。まあ、どちらにせよ。これで、家畜はどちらか分かっただろうねぇ」

イラつきを隠すように、リヒルトもまた唇を引き伸ばしていた。

「吸血鬼こそが、家畜。道具だ。そうして、僕の恋人を痛めつけた憎い奴。ーーごめんね、トトちゃん。君にほとんどやらせようと思ったのだけど、我慢出来なかったよ。憎くて憎くて……。ああ、でも、君もやりたいだろうと思って、“半分は残しておいたからねぇ”。

今は薬が効いているから、何をしても“快楽”にしかならないけど、後一時間もすれば切れる。カウヘンヘルム家の薬はね、副作用がないんだ。だからこそ、薬をやっている時のことも忘れない。忘れないんだ。犬に下半身を食われたことも、それを気持ちいいと笑っている自分自身も、ねぇ。より面白おかしくなるよ。効果が切れた時、哄笑から絶叫に変わるその瞬間からが本番。何日も楽しもうよ。恨みを晴らすのは楽しいものだよ」

だから、と招く手をトトは握らない。