形なき愛を血と称して


ーー

一日目は、距離を置いてリヒルトの様子を見るだけだった。

夜になれば、女は二階北側の部屋に戻る。それに関して、リヒルトは咎めはしない。好きなようにすればいいと、女に声をかけることはしなかったが。

「名前は何ですか?」

「ワン!」

「喋れないの?そっか、こっちの犬さんは喋れないんだ。犬さんは、私のこと気持ち悪くない?」

「ワンワン!」

「わわっ」

ラズはすっかり懐いたようだ。
今日も毛布代わりになるらしい。

「犬さんはあの人のお友達?」

「クゥン」

「私もお友達になれますか?」

「ワン!」

喋れない相手に何をしているんだかと、リヒルトは毛布を被る。

古い家なんだ、正反対にある部屋であっても、喧騒がないここでは丸聞こえ。

睡眠の妨害になるなら注意の一つでもしたいが。

「あの人と、いっぱい話したいです」

そんな小さな意気込み前では、水差す気持ちも失せてしまう。

ーー歯車の亀裂が広がる。
生きる意味も、価値も、意気込みもなかった。日が昇ったから起きるような毎日(明日)に、“楽しみ”の文字が女の言葉と共に浮き上がったようだった。