二階から大きな物音がした。それも乱暴な物音がただの一度きり。


食卓に新聞を広げていた夫と目を見合わせる。


壁掛けのカレンダーを昨夜から気にしていた櫻子の身体に、嫌な予感が走った。


まさか、と思った。


目の色を覗きこんだ夫も、きっと同じ予感がしたのだろう。新聞を畳んで『母さん』と呟いた眉間に皺が寄る。


『私、見てくる』そう言い終えぬうちに、櫻子の背中が翻った。


二階へ続く階段を上がる足がもつれそうになった。


もしも、万が一のことがあったとしたら。


震える手で二つあるうちの奥のドアノブを回した。


櫻子の目に飛び込んだのは、いつもと何一つ変わらない部屋。それと、


そこに蹲(うずくま)って頭を掻きむしっている榛名の姿だった。








目を開けると、しみ一つない天井と、定位置にある火災報知器。視界に飛び込んできたのはいつもの風景だ。


けれどもやたらと部屋の中はやけにまぶしくて、すぐにそれは夕焼けだと気づいた。


飛び起きる気力など無かった。


ゆっくりと身を起こすと鈍痛が頭に響く。
額からは熱冷ましのシートがぺたり、剥がれ落ちた。



「起きたね」



開け放たれたドアから櫻子が入ってきた。


替えのものを額に貼ってやると、虚ろな目で見上げた榛名に、櫻子は困ったように微笑んだ。