【菊池夏(なっちゃん)視点】


宿舎の1室で俺は目の前で眠っている幼馴染みを見つめる。

寝顔はどこか苦しげで、何かを嫌がっているように、たまに頭を左右に振っている。

「亮。」

名前を呼んでも反応がない。

崖から落ちたと聞いたときは焦ったが、大した怪我はなく、擦り傷程度のようだ。

しかし、頭を打ったのかなかなか目を覚まさない。

こいつはいつも俺が見てないと、
何かしら怪我をして戻ってくる。

わかっていたはずなのに、なぜ俺は薪拾いの方の係へ行かせてしまったのだろう。

なぜ……俺と違う係につくように、俺自身が言ったんだ…?
普段なら、できるだけ目の届く範囲に居させるようにしているのに。

実のところ、係りを決めたときのことをあまり覚えていない。
思い出そうとしても思い出せないのだ。

「……ん」

「亮?起きたのか…?」

俺が声をかけると、ゆっくりと目が開く。

「……ふぁ…あれ、なっちゃん…?」

「『あれ、なっちゃん…?』じゃない。無理するなよ馬鹿が。」

「ええ、いきなり酷いな。」

「本当のことだ。陽菜をかばって落ちたんだろ?」

俺の言葉に亮は目をぱちくりさせる。

「……陽菜?珍しいね、なっちゃんが下の名前を呼び捨てなんて。」

「あ、ああ」

……おかしい。俺は特定の人しか下の名前を呼び捨てで、なんて呼ばないと決めていたはずだ。
ましてや、今日初めて話したような相手に……

係を決めたときと同様に、下の名前を呼び捨てで呼ぶことになった経緯が思い出せない。

「あれ?この絆創膏、なっちゃんが貼ってくれたの?」

そう言って亮が見せてきた絆創膏は、とてつもなく可愛らしかった。
ピンク色の下地に、さまざまな動物がプリントされている。

「……俺がそんなファンシーな絆創膏貼ると思うか?」

「えー似合うよ?なっちゃん女顔だし」

「うるさい。男装変人が。その絆創膏はお前を見つけた時から貼ってあった奴だ。」

「男装じゃないって。じゃあ、誰が貼ったんだろ。……鈴木くん…?いや、あいつは無いな。うん。」

「鈴木?そういえば、鈴木はまだ見つかっていない。お前ら一緒にいたんだろ?はぐれたのか?」

「えーっと、同じ場所に落ちたんだけど別行動することになって、その後すぐ頭が痛くなって……倒れた」

その後すぐ?
それに、頭を打ったから気絶していたのではないのか。

「じゃあお前が倒れたのは崖の下辺りか?」

「へ?うん。移動してないからそのはずだけど」

「……俺がお前を見つけたのは山に入る手前だ。宿舎の近くの。」

「えっ、じゃあ誰が私を…?」

「たぶん、その絆創膏を貼ってくれた奴だろうな。」

「へぇ……優しい人もいるものだねぇ」

語尾をやけに伸ばしてこちらをちらりと見てくる。

……まるで俺が優しくないと言いたげだな。おい

「そうだな」

「ちっ。つれないな。そういや、鈴木くん探しに行かなくていいの?まだ行方不明なんでしょ?」

「ああ、たぶん大丈夫だ。今、陽菜が探しに行っている。」

「はぁっ?女の子1人で探しに行かせたの!?うっわー最悪ー。」

「1人で大丈夫だと言っていた。」

むしろ、1人で行かせてと頼まれたぐらいだ。

それに、この意識の戻らなかった幼馴染みのことが心配で、傍にいたかったから残った。
口が裂けてもこのことは言わないがな。

「それでもついて行かないと!!女顔だけど、れっきとした男なんだから!!!女の子は守れ!!」

女に女を守れって言われてもな。
お前も女だろ。

「今からでも行ってこい!!主人公守らないと他の奴に盗られるよ!!!」

「主人公?」

「陽菜ちゃんのこと!ほら早くいってきなさい。お姉ちゃんここで待ってるから!」

亮が、しっしっと手を振る。

「はぁ、いつから俺の姉になったんだよ……」

「は・や・く!!!」

「……はいはい。」


まったく、面倒くさい幼馴染みだ。