あの日あの時...あの場所で






バキッと聞こえた骨のぶつかり合う音。

咲留の加減のないパンチを頬に受けた柊は体をグラつかせた。

だけど、踏ん張りきれたのはきっとパンチを受ける覚悟でその場に立ってたからだと思う。


柊は、咲留の声を聞いた瞬間に殴られる覚悟を決めたんだ。


だって避けられるはずのそれを体をピクリとも動かすこともなく受けたのだから。




「...って..咲留さんのパンチは重い」

切れた唇の端から出た血を親指で拭いながら、咲留を真っ直ぐに見つめた柊。


「柊、お前は瑠樹に触れられねぇほど汚れてる。それを分かってこんなことやってんのか?」

人を睨み殺しそうなぐらいの咲留の睨み。


同じ様に体のデカい二人が睨み合う姿は、ちょっとビビる。


威圧感たっぷりなんだもん。



「分かってますよ。色んな女を抱いてきた俺の手は薄汚れてる」

柊は自分の両手を見下ろした。


色んな女を抱いてきた...分かってたけどズキンと胸の奥が痛んだ。



「だったら...綺麗な瑠樹を汚すな。」

柊の胸ぐらを掴んだ咲留。


「...分かってても。手を伸ばさずにはいらんねぇんだ」

胸ぐらを掴まれたまま柊は叫んだ。


「...お、まえ...」

柊の強い瞳に咲留が少し怯んだ様に見えた。



「今日の所はこれで帰ります」

自分の胸ぐらから咲留の手を引き剥がした柊。


「...瑠樹は南の狼王のモノだ。手を出す意味を分かってんだろうな?」

唸るように威嚇した咲留に、


「ふっ...元より覚悟が無きゃ触れねぇ」

と柊は口角をクイッと上げる。



「全面戦争になってもか?」

自棄に咲留の声が響く。


二人を見守るように背後で立ってた圭吾が生唾を飲むのが見えた。
 


「...はい。一度は自ら離した手を欲しがるなんて勝手すぎるのは分かってます。それでも欲しい」

柊の言葉に迷いはない。

どうして、私に執着するの?


柊には本命が居るんでしょ。

苦しくなるから、もうなんにも考えたくない。


胸元を手で掴んだ。



「...瑠樹、またな」

咲留が何かを言い出す前に柊は振り返って私を一瞥すると、咲留の隣を通って圭吾の方へと歩き出した。



「えっ?キング?」

戸惑う圭吾の声。


「行くぞ圭吾」

静かな柊の声。


遠ざかっていく二つの足音に、体に籠っていた力が抜ける。


私と咲留は互いに複雑な顔をしたままで目が合った。