「はい、お陰さまで今年無事に定年を迎えられそうです」
シワの多くなったその顔で、暖かい笑みを浮かべた米子さん。
「そっか、良かった」
「お嬢様は、一層お綺麗になられましたね。こんな風にお会いできること嬉しく思います」
私の鞄を持たない手をギュッと握り締めた米子さんに胸が暖かくなった。
さっきまで恐れてた恐怖は消えていく。
ここに居た頃は米子さんの暖かさに気付けなくて、一人孤独を抱えてた。
今なら分かるのにね。
「お嬢様、お荷物お預かりします」
執事頭が私の鞄に手を伸ばす。
確か名前は...井ノ上さんだったよね?
「ありがとうございます、井ノ上さん」
そう言って素直に鞄を手渡した。
「滅相もございません」
微笑んで私の鞄を大切そうに両手で持ってくれた。
「さぁ、中へどうぞ」
米子さんに促されるけど、私は少し行きたい場所があるんだよね。
「米子さん、私少し散歩したいの」
我が儘言ってごめんね。
パパが仕事で会社に行かなくちゃいけないって聞いたとき、だったら行ってみたいと思い浮かんだ場所があるんだ。
「分かりました。では、共の者をご用意いたします」
と言われ慌てる。
「いやいや、良いから。そんな遠くに行く気はないし」
顔の前で手を左右に振った。
「いえ、お一人では困ります」
いや、私も困るし。
「ほら、そこの公園に行くだけだし。だから、大丈夫」
指差す先には塀しかないけど、あの先には行きなれた公園があるはずだ。
「...ですが...ね、井上さん」
困り果てた米子さんは、井上さんに助けを求める。
「お嬢様、直ぐにお戻りになられるんですね?」
少し険しい顔をした井上さんに、
「はい、すぐ戻ります」
と即答する。
どうしても一人で行きたい。
「分かりました。では、30分したらこちらから迎えを送ります。それでよろしいですね」
優しい口調だけど有無を言わせない井ノ上さんの言葉に、静かに頷いた。
行かせてくれないよりは良いし。
「い、井ノ上さん!お嬢様、本当に大丈夫ですか?」
米子さんは納得してないらしく、井ノ上さんに苦情の視線を向けてから、私を心配そうに見た。
「大丈夫よ、米子さん。私、護身術も使えるし」
拳を顔の横で握ってみせる。
それでも、彼女の不安は拭えないらしくて、眉が下がったままだ。
「行ってきます」
肩に掛けてたポーチを袈裟懸けにして歩き出す。
「危なくなったら叫んで逃げてくださいませ」
と叫ぶ米子さんに見送られて屋敷を後にした。



