あの日あの時...あの場所で







車に乗り込んだ豪は私を自分の隣へと優しく下ろしてくれる。


「...大丈夫か?」

と聞かれて、

「...うん」

と返した。


豪はそれ以上何も聞いては来なかった。


何時ものように後部座席へと深く体を預けると、腕組みして目を瞑った豪を盗み見る。



護衛の男の子達から、私の様子がおかしいと聞いて、きっと飛んできてくれたんだよね?


それなのに、何も聞かないのは豪の優しさだね。


今はそれが凄く助かった。


だって、聞かれても言えないよ。


豪達と対立してる西のキングの事なんて。

柊を思って泣いたなんて言えないよ。




「おまたせ」

その声と同時に開いた助手席のドア。



顔を上げればそこには優しく微笑む夏樹。



「はい、瑠樹さん、鞄です」

助手席に座ると、振り返って私へと鞄を差し出した。


「ありがとう、ごめんね?」

わざわざ持ってきてくれて。


「礼には及びませんよ」

そう言うと正面に向き直った夏樹。


車はゆっくりと動き出す。


どこへ向かうのかなんて分からなかったけど、あえて聞くことはなかった。



豪と夏樹の作り出してくれた空気に感謝した。


何も言わなくて良いのはとても気持ちが楽だったから。


聞かれたからって、何も答えられないし。


私が何かを言うことで、南と西の火種を大きくする事になっても嫌だから。


窓の方へと顔を向ける。


夕暮れの景色が流れていく。



私はどうしたいのだろうか?


柊の噂を聞いただけであんなにも動揺しちゃうなんて。


本当...馬鹿みたい。


私一人が吹っ切れてない。


柊は私なんてどうでも良いのに。


私だけが見えない何かに囚われてる。


私を抱き締めてた優しい手は、他の人に触れていると言うのに......。


こんなにも胸の奥がズキズキと痛むのは何故?


会わなければ良かった。


そうすれば、心の奥にしまい込んだ箱の鍵は開かなかったはずなのに。