「なにかついてる?」


口元になにかついているのかもしれないと思い、あたしは指先で口をぬぐう。


「陽子、その頬どうしたの?」


あたしの頬を指差してそう言うお母さんに、ドキッとする。


蒼太に殴られた頬が見た目にもわかるくらい腫れてきたのだ。


鼻血まで出ていたのだから、当然だ。


「ちょっと……歯が痛くて」


あたしは咄嗟に嘘をついていた。


蒼太に殴られたなんて、絶対に言えない。


「大丈夫なの? 歯医者さんに行きなさいよ」


「う、うん。また時間みつけて行ってみるよ」


あたしの嘘をすんなり信じてくれたお母さんに胸をなでおろし、同時に罪悪感が胸の中に黒いモヤをつくったのだった。