下町退魔師の日常

「マツコ」


 シゲさんが、あたしを呼んだ。


「幹久も、よぉく聞け。やっぱり俺は反対だ。鬼姫はなぁ、そんじょそこらの魔物と違う。並大抵の退魔師じゃ、敵わねぇよ。例え何人束になってかかろうともな」
「どうして言い切れるのよ?」
「お前の言う通りだよ。鬼姫はーー20年前に一度、あの祠から出て来た」


 ドキン、と一回、あたしの心臓が大きく脈打った。
 一瞬ふらついて、久遠くんが力を入れてあたしを支える。


「20・・・年前・・・」
「そうだよ。マツコ・・・お前の母親が、やられた時だ」


 あたしは、シゲさんの言葉を聞いて、思わず左手で胸の真ん中をギュッと握った。
 そうでもしないと、心臓が胸を突き破って飛び出して行きそうだったから。


「松蔵は、お前に話をしたか?」


 そう聞かれて、あたしは無言で首を横に振る。
 母さんは魔物に殺されたっていうのは聞いていたけど。
 言われてみれば、詳しくは聞いてなかった。
 というより、じいちゃんはこの事を話したがらなかったんだ。
 シゲさんはやるせない想いを振り払うかのように深いため息をついて、またお酒を煽る。


「だろうなぁ。あの時の松蔵は、かなり悔やんでた・・・あんな事をしなければ、お前の母ちゃんは死なずに済んだからなぁ」
「どう言う・・・事なの・・・?」
「お前の父ちゃんだよ。名前くらいは、覚えてるか?」


 うん、もちろんだよ。
 母さんが死んで、父さんはあたしを置いてこの町を出て行ったって聞いてたけど。
 北条章史。(ほうじょうあきひと)
 これが、父さんの名前だ。
 当然、女系である松の湯に婿養子で入って来たから、名字は松嶋に変わってる筈だけど。
 何故か、じいちゃんが父さんの事を語る時、いつも旧姓で呼んでいた。


「だよなぁ。松蔵は二人の結婚には反対しなかったが・・・あの事があって、章史さんを恨んでたから」


 恨む?
 じいちゃんが、父さんを?
 今までに聞いた事がない。 
 そうだよねーーあたしは、自分を捨てて出て行った父さんの事を恨んではいないけど、仕方ないと思ってなるべく思い出さないようにしていたし。
 じいちゃんも、父さんの事を多くは語らなかった。
 あたしが物心つく前の話。