下町退魔師の日常

「ごめんよ、マツコちゃん・・・」


 そう言ったのは、駄菓子屋のお婆ちゃんだった。
 鬼姫の絵本を貸してくれたお婆ちゃん。


「この子が絵本を読みたいって言うから貸したんだけど・・・あたしが悪かったよ。あれはただの絵本で、なんてことはない昔話さ。真に受けたらいけないよ」


 諭すように言うお婆ちゃん。
 ・・・そうだよね。
 あたしが、悪かったの。
 せっかくのお祝いムードも台無しにしちゃって。


「――ごめ」


 再び謝ろうとした時、松の湯の入り口の戸がガラガラと開いた。


「謝る必要はねぇよ、まっちゃん」


 振り返ると、幹久が立っていた。


「幹久!」
「俺はまっちゃんに賛成だ」


 ずかずかとみんなが座っている休憩室に進んで、幹久は言った。


「何が変わらなくていい、だよ。ずっとこのままで本当にいいのか!? お前らマツコだけが犠牲になればいいと思ってんのかよ!!」
「幹久・・・犠牲とか、そんなんじゃないから」


 みんなを見渡して怒鳴る幹久のシャツの裾を引っ張って、あたしは言った。


「犠牲になってるだろ! 何でそんな怪我したと思ってるんだよ!!」
「ちょっと! あたしにまで怒鳴る事ないでしょ!!」


 やだ、幹久お酒臭い。
 飲んでるの!?


「とにかく俺は、あんな祠今すぐぶっ壊したっていい!」
「幹久!!」


 たまらずに、シゲさんが幹久を怒鳴りつける。
 ヤバいわ、ここだけが嫌悪ならまだしも。
 このままじゃ、酔っ払った幹久が何をするか分かったもんじゃない。
 あたしは、たしなめるように幹久の腕を引っ張った。


「取りあえず座ろうか、幹久。ね?」
「うるせぇよ。お前もどうかしてるぜ。俺はもう嫌なんだよ、マツコがこれ以上苦しむのがな」


 それは・・・そう思ってくれるのは、有り難い。
 でも。


「あたしは・・・苦しんではいない」


 幹久が外に飛び出して祠に悪さしないように、シャツの裾は掴んだまま。


「本当だよ。あたし・・・みんなが大好きなの。この町のみんなに、本当に感謝してるの・・・だって、この町があたしを育ててくれたようなものだもん」
「何度も死にそうな目にあってるのに、か」


 深いため息と共に、幹久は言った。
 何度も。
 そうだよね、みんなちゃんと、知っている。
 口には出さないけど、あたしが魔物をどんな思いで退治しているのかちゃんと知ってるんだ。


「もういいだろ」


 幹久は言った。


「なぁみんな、もういいだろ? マツコが戦わなくてもいい、そんな町にしたいと思わないのかよ?」


 誰も、何も答えなかった。