もう何を言ってもムダなのは分かっているけど、今、マツコって3回も言ったよね?
 シゲさぁん。
 恨めしそうに睨むあたしには全然お構いなしに、シゲさんは勝手に休憩室の長椅子に座って酒盛りを始めた。
 まぁ、これも【松の湯】の風物詩とも言える日常だから、どうってことないけど。
 風呂上がりのお客さん達も、笑いながら当たり前のようにシゲさんに声をかけている。
 人情味溢れるこの下町の人達は、ご近所がみんな知り合いみたいなもんだ。
 シゲさんはあたしと同じく一人暮らしで、晩酌をしていて寂しくなるとここに来る。
 毎日やって来る。
 たまに二階に上がっては、じいちゃんの仏壇の前で話し掛けながらお酒を飲んでいる。


「オレはなぁ、マツコの子を見るまで絶対に死なねェからなぁ。どうだ松蔵、羨ましいだろぉ」


 ・・・松蔵ってのが、あたしのじいちゃんの名前。
 あぁもう、ぶっちゃけると。
 あたしの名前は、松嶋舞鶴子。
 こう書いて、マツコって読むんだよ。
 発音しないと、どっかの女優さんみたいな字面だけど。
 このギャップが、たまらなくキライなの。
 言っておくけど、顔は十人並みよ。
 映画の群衆のエキストラに出演したら、自分ですら何処にいるか見つけられないくらいの。
 身長も人並みの158センチ、スタイルも・・・全体的にのっぺりとした、起伏の少ない体型。
 んで、じいちゃんは松嶋松蔵。
 そんなじいちゃんがあたしの名前を付ける時、ホントにオーソドックスに『松子』って漢字にしようとしていたらしいが、母さんに大反対されたらしい。
 それでも“マツコ”だけは譲らず、お互いに妥協した結果“舞鶴子”になった。
 ――・・・その時点で、あたしには決定権がないのが悔しい。