ヤバい。
 かなり焦る。
 けど、どうしようもない。
 唯一の家族でもある同居猫だって、サスケって言う名前の割には女の子だし。
 あー・・・。
 跡継ぎったって、どうすりゃいいんだ。
 でも、じいちゃんが、耳にタコが出来る位言っていたこの言葉の意味がどれだけ大事なのか、今のあたしにはよぉく分かるの。
 分かるからこそ、尋常じゃない位の焦り。
 この【松の湯】をずっと受け継いで行かなければならない理由は、ただこの下町唯一の銭湯を存続させなければならないとかいう、単純なものではないのだから。


「マツコぉ~! いるかぁ~?」


 もうすぐ午後10時になろうとしている頃、ガラガラと引き戸を開けて入って来たのは、近所に住む庭師のシゲさんだった。
 じいちゃんの同級生で、昔から何かと張り合ってきたライバルであり、親友でもある。
 ・・・何を張り合っていたのかは、よく分からないけど。


「ちょっとシゲさん、大声で名前呼ばないでよ」


 あーもう、相変わらず法被着て、薄くなった白髪の頭にはねじり鉢巻。
 右手には一升瓶、左手には湯呑茶碗。
 ほろ酔い気分の千鳥足で歩く姿は、どっかのコントに出て来そうな、典型的なキャラクターだわ。
 それに、マツコって。
 いや、確かにあたしはマツコだけどね。
 この名前も、もしかしたら結婚を遠ざけている要因の1つなのかも知れないなんて思っちゃう程、キライだ。
 じいちゃんが付けてくれたらしいんだけど。


「マツコにマツコって言ってなぁにが悪いんだ、え、マツコ?」


 だぁめだ。
 シゲさんが酔っ払ってる時は、鼻の頭が赤くなるんだ。
 も、今のシゲさんは、赤鼻のトナカイよりも鼻が赤い。