「じゃあさ、こうするか」


 あたしの目線まで屈み込んで顔を近付けると、久遠くんは言った。


「今は俺がいるんだから、営業終わりの夕飯は交代で作る。遅い時間は比較的暇だろ。早めに一人抜けたって大丈夫だ」
「う、うん」


 ちゃんとした夕ご飯。
 ・・・で、出来るかどうか、自信ないんですけど・・・。


「大丈夫だよ」


 ふと、ふんわりと久遠くんの匂いが鼻についた。
 頭を引き寄せられて、久遠くんの胸に、おでこがくっついている。


「俺は何処にも行かないから」


 優しい声音。
 あたしは一瞬、泣きそうになる。
 何処にも行かない・・・それが、あたしにとってどんなに嬉しい言葉だったのか。
 今聞いて、分かった。
 この町の事を知っても、久遠くんはいなくならない。
 それだけで、こんなに心強い。


「それにな」


 またあたしの顔を覗き込むと、久遠くんはイタズラっぽい笑顔を浮かべた。


「料理が出来ない女の所になんて、誰が婿に来ようと思うんだ?」
「・・・!?」


 な・・・なっ・・・何を言い出すんじゃー!!


「でっ・・・出来るわよ、料理の一つや二つっ!!」
「へぇー。ま、楽しみにしてるか。取り敢えず、朝ご飯は目玉焼きでいいから」


 くぅぅぅっ、と歯噛みするあたしを笑い飛ばして、久遠くんは掃除用具を取り出した。


「朝ご飯出来るまで、掃除してるよ。目玉焼き、焦がすなよ?」
「分かったわよ!」


 あたしは短刀を引っ掴むと、どかどかと足を鳴らして二階に上がった。
 番台の横にあるカゴの中で、サスケがひとつ、大きなアクビをしながらそんなあたしを一瞥した――。