「そんなに重くないでしょ? 女性専用だから」


 おどけてみせるあたしに、久遠くんはにっこりと笑顔を向けると、包みをこっちに返した。


「俺は・・・この町から出て行かない」
「・・・・・・」


 まさかこんな答えが返ってくるとは思わなかった。


「だって・・・あれ、見たよね?」


 祠から出て来る魔物は、一種類ではない。
 今日のヤツは、魔物の中でも弱いクラスの餓鬼だったから、何とか普通に撃退出来たけど。
 次はどんなのが来るのか、全く予想がつかないのだ。
 ――・・・それに。
 もし、あたしが鬼に殺されたら。
 今現在跡取りのいないこの松の湯は、もぬけの殻。
 そしたら・・・鬼は次々と、この町の人達を襲うだろう。
 そうなったら。
 空き地のすぐ裏にある松の湯に住んでいる、久遠くんが一番先に狙われる可能性が高い。


「そんな事はどうでもいい。お前の話を聞いた上で、俺がここにいたいと思った・・・それだけじゃダメなのか?」
「ダメ・・・じゃない、けど・・・」
「じゃ、今まで通りで問題なし、だな」


 あたしは、二つ返事で頷く事が出来なかった。
 そりゃ、残るって言ってくれて嬉しいよ。
 仕事の面でも本当に助かるし。
 ――・・・それに、あたし・・・。


「腹減ったな。何か食うか?」


 そう言って立ち上がる久遠くん。
 あたしも慌てて立ち上がる。
 あれ? 今あたし、何を考えてた?
 ホントならこんな危ない町は出て行った方がいいって・・・そう言った方が彼のためなのに。
 でも・・・でも。


「あ、朝ご飯もまだだったよね。ご飯と目玉焼きで良かったら」


 何で・・・そう言わないんだろう。
 ・・・言えないんだろう。


「あぁ、頼むよ」
「りょーかい。すぐ作るね」


 あたしがそう言って階段の方に進もうとすると、久遠くんはうーんと伸びをして。


「マツコが作る食事ってさ、簡単なもんばっかだよな」


 うっ、と、あたしは言葉に詰まる。
 確かに間違ってはいないけど。
 えぇとですね、言い訳させてもらいますと。
 深夜まで営業して、朝9時くらいに起きたら軽く朝食ですぐ仕事。
 そこからまた深夜までの時間で、仕事をしながら食べられる食事って、おにぎりかサンドイッチと、町の人達が持って来てくれる差し入れくらい。
 営業終わってから一人で豪華な夕食作る気にもならんし。
 そんな毎日で、どうしたら手の込んだ料理が作れるようになるんだろうか?