下町退魔師の日常

「マツコ」


 久遠くんが、あたしに手を差し伸べた。
 倒れたまま、恐る恐るそっちに視線を送る。
 あんなものを見て、久遠くん、驚いていないだろうか?
 いや、驚くだけならまだ可愛いものだ。
 あんなに気味が悪いモノと戦うあたしの事・・・どんな風に思ったんだろう。
 だけど久遠くんは、あたしの思いとは裏腹に、怯えた様子もどん引きしている様子もなかった。


「ほら、立てるか?」
「・・・うん」


 あたしは黙ってその手を取り、久遠くんが引っ張る力に助けてもらって起き上がる。
 サスケが、短刀を包んでいた布をくわえてこっちに来た。


「ありがと、サスケ」


 布を受け取り、あたしはそれを短刀に巻き付けた。
 短刀は、また元のサビだらけで古めかしい姿に戻っている。
 そして、ちらりと久遠くんの方を見て。


「家から出ないで、って言ったよね?」
「・・・あぁ」


 久遠くんは、真っ直ぐにこっちを見ながら返事した。
 あーあ。
 餓鬼と一緒に地面に倒れ込んだから、ジーンズもトレーナーも泥だらけ。
 顔もきっと、汚れてる。
 久遠くんにこんな顔を見られているのが、何だか情けなくなった。
 それでも、言わなきゃいけない。


「この町に住みたいなら、今日みたいな日は外に出ちゃいけない・・・それはね、みんなが守っている約束なの」
「約束を守れなかったら・・・どうなる?」
「命の保証は出来ないわ」


 久遠くんの質問に、あたしはきっぱりと即答した。
 しばらくそのまま動かなかったが、久遠くんはいきなりあたしの手を掴む。


「帰ろうか」
「え?」


 聞き返すけど、久遠くんはあたしの手を引っ張って歩き出した。


「久遠くん?」
「まだ、来るのか?」


 顎で祠を指し示して、久遠くんは聞いた。
 どうして久遠くんはこんな風に普通にしていられるのか不思議に思いながらも、あたしは首を横に振る。


「ううん、今日はもう来ない」
「じゃ、取り敢えず帰ろう」


 松の湯に戻ると、久遠くんはあたしを休憩室のソファに座らせた。
 サスケも一緒だ。


「今日は営業しないんだろ?」


 エプロンを掛け、腕まくりをしながら久遠くんは聞いた。
 頷きながら、あたしは久遠くんを見上げる。
 休みだって言ってるのに、なんで仕事の支度してるの?


「風呂にお湯張ってやるから。先ずは、ゆっくり入ってくればいい」


 そう言いながら、久遠くんは女湯の方に姿を消した。
 そっか。
 泥だらけのあたしの為に、お風呂沸かしてくれるんだ。
 ・・・優しいところもあるんだね。