下町退魔師の日常

 その少しの異変に、あたしは気付く。


「え・・・?」


 餓鬼の視線は、あたしを通り越して背後に向いていた。
 がさっ、と後ろで音がする。
 木々の茂みをかき分けてこの空き地に入って来た人影が、視界の隅に写った。


「・・・チッ」


 舌打ち。
 注意が削がれた一瞬で、短刀が餓鬼の首元から抜けた。
 やっぱり、サスケの最初の一撃が早すぎたんだ。
 まだ完全にこっちに抜け出てなかったから、身体が完璧に出来上がってなかったんだ。
 ホントなら、ここで短刀が抜けるなんて有り得ないはずなのに。
 だけどそんなことを考える余裕もなく、あたしはその場からダッシュする。
 餓鬼は一直線に、祠の反対側に向かって走り出していた。
 祠の反対側――久遠くんが立っている、その場所に向かって・・・!!


「来ちゃダメって言ったのに・・・!!」


 四肢を使って獣のように餓鬼は走り、久遠くんに襲いかかろうと牙を剥く。
 驚いているのか、立ちすくんでいるのか、久遠くんはその場から動かない。
 ヤバイ。
 マジで、あっちの方が早い。
 こんのぉ、あたしに敵わないと思って、矛先を久遠くんに変えるなんて・・・!
 頼むから。
 あたしは、走りながら短刀を目の前にかざした。
 さっきの一撃で餓鬼の血を吸った短刀は、まだ光り輝いている。


「間に合えっ!!」


 あたしは、腕を力一杯後ろにしならせて、一気に短刀を餓鬼に向かって投げつけた。
 打ち損じたら久遠くんが危ないとか、そんな事は微塵も思い浮かばなかった。
 コイツはあたしが扱っている限り、あたしの思い通りに動いてくれるから。
 短刀は、まるで生きているかのように一直線に餓鬼に向かって飛んで行き、その背中に突き刺さる。


「ギャァァァァ!!」


 やたらと耳障りな悲鳴を上げて、餓鬼は一瞬仰け反った。
 その間もあたしは餓鬼に向かって全力で走り、その背中に刺さったままの短刀に手をかける。
 餓鬼と一緒に地面に倒れ込みながら、力任せに短刀を押し込んで。
 どくん、どくんと、まるで喜んでいるかのように短刀は脈動を続けて。
 最後の断末魔の悲鳴をあげながら、餓鬼はもう、動かなくなった。
 シュウシュウと煙を上げながら、餓鬼の身体が蒸発していく。
 そんな光景を視界に捉えながら、あたしは暫くそのまま動けなかった。
 そして、バタンと祠の扉が閉まる音がして、辺りは静かになった。
 空き地の地面に倒れたまま荒くなったあたしの息遣いだけが聞こえる。