下町退魔師の日常

 ちゃんと送り届けたからねぇ、と、おばちゃんはいかにも『良いことしたぞぉ!』って顔をしながら去っていく。
 そして去り際に。


「まっちゃんも遅いのは分かるけどさ、朝ごはんくらい作ってあげなよ? コンビニのサンドイッチじゃ、力出ないだろ?」


 ああぁぁ。
 久遠くんに一体何の力を出させたいんだ、おばちゃんは。
 思いっ切り、全力で、全身全霊をかけて、おばちゃんの誤解を解きたい。
 だけどおばちゃんの足取りは軽やかで。
 心なしかキョロキョロしてるのは、これを誰かに話したくてウズウズしてるからだ。
 あたしは、そこに突っ立ったままの“これ”、久遠くんに視線を戻した。
 すると、久遠くんは1歩あたしに近付いて、目線を合わせるように少し屈んだ。


「泣いてたのか?」
「・・・っ!?」


 前髪を上げるようにあたしのおでこに手を添えて。
 あたしは、そのままザザっと後ずさった。
 きっとあたし、今すっごいブサイクだ。
 だけど、ちゃんと見たんだ。


「ふっ・・・」


 久遠くんが、小さく笑った。
 ちゃんと、笑えるんだ。
 そして、その笑顔は。
 血が見たいって言った時の苦痛な表情よりも何倍も強烈に、あたしの脳裏に焼き付いた。
 きっとずっと、忘れられない。


「出ていけって言われたんだけどな。帰る場所・・・見当もつかないんだ」


 久遠くんはサスケを抱き上げて、撫でながら言った。
 まるで、サスケに話し掛けているみたいだった。


「何でだろうな。血が見たいっていう衝動・・・ここにいたら、抑えられた」
「自分でも、分かってるのね?」


 ちゃんと、理性はあるんだ。
 ただ単に血が見たいって衝動に駆られているんじゃないんだ。
 きっと、理由があるんだ。
 昨日何も答えてくれなかったのは、言いにくい事なんだろう。
 どうしてそんな衝動があるのかは分からないけど、本人にはどうしようもないんだ。
 ゆっくりと頷く久遠くんを見て、あたしは確信した。
 彼は、根っからの悪者じゃない。
 ――・・・だったら。


「あの・・・ね」


 まだ少し、迷いがあった。
 こんな事を軽々しく言ってもいいのか。
 ・・・でも。


「人手不足なの。久遠くん・・・もし良かったら、ここで働く?」
「・・・・・・」


 久遠くんは、サスケを撫でる手を止めてこっちを見た。
 その綺麗な顔立ちを凝視出来なくて、あたしは少し俯いた。
 いいの?
 昨日会ったばかりの、殺人未遂窃盗犯だよ?
 もう一人のあたしが、必死で次の言葉を押し止めようとしている。
 だけど、自分でも何故か、止められなかった。


「でね、もし行くところないんだったら・・・じいちゃんの部屋で良かったら、使ってくれていいから。狭いけど・・・ぶっちゃけ、アパート代までまかなえるようなお給料、出してあげられるか分かんないし・・・」