下町退魔師の日常

「そうそう、迷子拾ったのよ」
「は? 迷子?」


 聞き返すと、おばちゃんの後ろから現れたのは。


「久遠くん!!」
「新しいアルバイトさんなんだろ? 朝、お醤油が切れてるのに気が付いてね、コンビニに行ったらこの子が買い物しててね。見掛けない顔だから、何処に引っ越して来たのか聞いたんだよ。そしたら松の湯って言ってて。で、今店を開けようとしたら、この子がウチの店の前をフラフラ歩いててね。来たばかりだから、散歩でもしてて帰り道が解らなくなったかと思って連れて来たんだよ」
「・・・・・・」


 あぁ。
 その時の光景が目に浮かぶようだわ。
 あたしに「出ていけ」って言われて出て行っておばちゃんに捕まり、久遠くんの話も聞かずに勘違いしたおばちゃんにあっという間に引き戻され。
 ・・・まさか久遠くんも、こんなに早くここに舞い戻って来るとは思わなかっただろう。
 見掛けない顔を見たらすぐに住所を尋ねるおばちゃん。
 そしてその情報は、1日も経たないうちに、町中に広まるんだ・・・。
 口を開けたまま固まっているあたしに近付いて、おばちゃんはバシバシと肩を叩く。


「こんなにいい男、何処で見付けて来たのさ。シゲさん喜ぶよ、これでやっと松蔵の孫が見れる、ってね」
「ちっ・・・違・・・!」


 慌てて否定しようとしたあたしの言葉も言わせて貰えない程、おばちゃんのマシンガントークは止まらない。


「照れなくていいよ、ガラでもない。でもさぁ、昨日の夜ここで飲んでた時にはいなかったじゃないか。あの時2階にいたんだろ? 水臭いよまっちゃん、うちらに彼氏、紹介しないなんてさ」


 違ぁう!
 あんたさっき、久遠くんの事を『新しいアルバイト』って言ったよね!?
 それがいつの間にか『彼氏』になってんじゃん!
 お願いだから、先走らないでぇ!
 心の中で必死に否定しながらも、隅っこから“諦めの色”っていう色がじわじわと広がって行くのがわかった。
 ・・・もう無駄だ。
 今日中・・・いや午前中には、久遠くんが「マツコの彼氏」だと町中に広まってしまう。
 しかも、もうすでに同棲中とか・・・。