下町退魔師の日常

 久遠くん、出て行って正解だった。
 早く、この町から出て行って。
 何も知らないうちに――。


「・・・・・」


 何だか悲しくなって、視界がボヤけた。
 色々と複雑な感情が入り交じって、それが悲しみに変わる。
 サスケがあたしの足に、身体を擦りつけてきた。
 抱き上げて、あたしもサスケの顔にほっぺたを擦りつける。


「これでいいよね・・・二度と、会えないかもだけど」


 何でこんなに悲しいのか、自分でも分からなかった。
 ――おかしいな。
 あたしには、サスケがいる。
 町の人達もいる。
 それで充分じゃないか。
 どうして、二度と会えないと思っただけで、こんなに涙が出て来るんだろう。
 あたしは、ぎゅうっとサスケを抱き締めた。
 ぐぅっ、と、サスケが苦しそうな声を出したけど、気にしない。
 後で一緒に猫まんま食べようね、サスケ。


「ちょっと! まっちゃん起きてる!?」


 いきなり勢い良く入り口の戸がガラガラと開いて、そう大声で叫びながら入って来たのは、近所のマダム・・・商店街で惣菜屋をしている金田のおばちゃんだった。
 昨日シゲさんとのプチ宴会で、タッパーに漬け物を持って来た人だ。


「・・・起きてるわよ」


 サスケを抱いたまま、あたしは真っ赤な目をしておばちゃんを見た。
 すると、サスケは嬉しそうにもがいてあたしの腕から飛び降りて、おばちゃんに駆け寄る。
 惣菜屋をしているおばちゃんは、いつも売れ残った惣菜を持って来てくれるのだ。
 サスケもあたしも、おばちゃんの唐揚げが大好きだ。
 これは競争率が高くてなかなか売れ残らないから、貰った時はかなりレアだ。


「何してんのまっちゃん、今日の連続ドラマ、そんなに泣けたっけ?」


 おばちゃんの大ボケに、あたしは思わず吹き出した。


「うん、めっちゃ泣けたよ」


 笑いながら目を擦る。
 そうかねぇ、と首を傾げているおばちゃんは、思い出したように、両手をパチンと鳴らした。