そんなあたしを押し退けて、すっかり営業用の猫撫で声で、ノリカちゃんはイケメンを見上げながら聞いた。
 まさかノリカちゃん、今コイツが何をしたのか分かってないんじゃ・・・?
 確かにナイフはさっきあたしが蹴り飛ばしたから、休憩室のテレビの下に入っちゃってるし。
 しかも完全に、目がハートになってるし。
 それにしてもこの人、身長180くらいはあるな。
 立ち上がったイケメンを、あたしは注意深く観察している。
 少しでも変な動きをしたら、蹴り飛ばせるように。
 だがイケメンはそれには答えずに、そのまま休憩室の椅子に座った。
 さっきまでプチ宴会が行われていた、少しくたびれた3人がけのソファだ。
 それを見て、あたしは少しムカついた。
 何でよ。
 何であんたが、そこに座るのさ。
 勝手に他所から来て、ウチのお客さんを危ない目にあわせて。(本人分かってないけど)
 それで何で、この松の湯の休憩室で、勝手にソファに座ってんのよ。


「・・・ね、ノリカちゃん。もう、営業時間とっくに過ぎてるの。だからね」


 いつもなら、どんなに時間が遅くなっても、こんな事は言わないんだけど。
 ノリカちゃんは、コイツに襲われそうになったのを知らない。
 だから、ショックを受けないように、このまま帰った方がいい。
 警察に電話するのは、それからでいい。
 ノリカちゃんは時計を見ると。


「あぁ、そうねぇ・・・もう1時かぁ。せっかく早く帰って来たのに、意味ないじゃんね」


 そう言って道具を持って、後でちゃんと名前教えてね、と手を振りながら帰って行った。
 あたしは入り口の電気を消して、休憩室を振り返る。
 イケメンは変わらずにソファに座ったままで。


「・・・・・・」


 どうすりゃいいの。
 あたしは番台にある電話の受話器を持ち上げようとして、少し躊躇った。