【第十章】
~本当の、日常~




「お役目、ご苦労だった」


 口元を釣り上げて妖艶な笑みを浮かべながら、鬼姫は言った。
 その言葉は、あたしに向けられていて。
 ・・・もしかしたら。
 もしかしたら、鬼姫はまだ人間らしい心を持っているのかと思った。
 だけど、この一言で、あたしは悟る。
 お役目、ご苦労。
 短刀を持ったあたしに投げ掛けた言葉。
 自らが復活するための糧を完璧に集めてくれた、この町の退魔師に向けられた、その言葉。
 あたしは短刀を握り締め、鬼姫を睨み付ける。
 あたしが・・・母さんが、ばあちゃんが。
 松の湯の女達が代々、どんな思いで魔物を退治して来たのか。
 ひとえに、この町のみんなを守る為なのだ。
 間違っても、あんたを復活させる為じゃない!
 ギリギリと奥歯を噛み締めながら睨み付けるあたしなど何とも思ってはいないように、鬼姫はその細い指をこっちに差し出した。


「さぁ・・・お渡し」


 暗闇に光るのは、鬼姫と短刀。
 鬼姫の目にはきっと、あたしなんて写ってはいない。


「久遠くん」


 静かに、あたしは久遠くんに呼び掛けた。


「あたしも、もしかしたら鬼姫とコンタクト取れるのかと思ってた。だけど・・・どうやら、違うみたいだね」


 もしも、鬼姫と話が出来たら。
 どうにか宥めて、この町から手を引いて貰う事も考えていたけれど。
 所詮、そんな事は無駄だったんだ。