その途端、どくんと、短刀が一際大きく脈打った。
 同時に、鬼はあたしと組み合った格好のまま、霧散する。
 あたしの身体から、一気に力が抜けた。


「マツコ」
「久遠くん・・・大丈夫?」
「こっちのセリフだよ」


 何とか久遠くんに支えられて立っているあたしは、苦笑する。


「は・・・ははっ・・・最高記録、だね」


 一気に三匹の魔物を倒したなんて、松の湯始まって以来の快挙じゃないのかな。


「あたし・・・勘違いしてた」
「・・・?」


 あたしの言葉に、久遠くんはじっとこっちを見つめている。


「久遠くんがね、扉を開けたら・・・速攻で鬼姫が出て来るのかと思ってた。ガォー! って」


 誰も、開けた事のない祠の扉。
 ま、久遠くんが開けられるかどうかも未知数だったんだから、その後の事も全く予想不可能なのは当然なんだけれど。
 今の戦いで、確信したこと。
 魔物を倒す度に、恍惚に打ち震える短刀。
 そして、その輝き。
 理屈じゃなく、体感的に、あたしは分かってしまう。


「今の戦いで、短刀ちゃんが欲しがってたパワーが満タンになった、って事だよね」


 あたしは顔を上げて、久遠くんを見つめた。
 久遠くんは、心持ち緊張した様子で、小さく頷く。


「・・・ごめんな」


 そんな言葉が聞こえた。
 あたしを抱えるその手に、心持ち力を入れて。
 あたしは、笑顔を作る。


「ふふっ。どうして久遠くんが謝るの?」


 これで、あたしの退魔師としての日常にケリがつくのなら。
 町のみんなが、久遠くんが、本当に笑顔になれるなら。
 このくらい、なんてことない。
 そして、まだ終わりじゃないんだ。
 本当に最後の戦いが始まるのは、これから。
 ざわざわと、空き地を囲む木々が、風に揺れる。
 薄い雲は流れ、満月が夜空に顔を出した。
 それに呼応するかのように、短刀は一際大きく輝く。
 さぁ、呼んで。
 この町に関わる全ての災厄の元凶。


「久遠くん」


 あたしは、呼び掛ける。


「確かめたいんだよね? 鬼姫が、本当に鬼になったのか」
「あぁ」


 さすがに、退魔師のあたしにも、それは分からない。
 でも、久遠くんの気持ちも、分かるような気がした。
 久遠くんだって、この伝説に苦しめられてきた一人なんだ。
 その苦しみが深ければ深い程、真相を確かめたいと思うのは、無理がない事。
 そしてあたしも、確かめたい。
 出来る事なら、問い質したい。
 アンタ、何考えてんの?
 って。
 もう、ここまで来たら。
 満足行くまでとことん付き合ってやろうじゃないの。
 鬼姫の、伝説とやらに。
 中途半端に鬼姫を倒すだけじゃ、後味が悪いから。
 そう思った時、サスケのヒゲがぴくりと動き、じっと祠の方に視線を送る。
 サスケの動物的野生の勘は、100%間違いがない。
 今までの魔物が出て来る時の感覚とは違うのか、サスケは唸り声も上げずに、ただただ、祠に集中している。
 その時、空き地に一筋の風が吹いた。