下町退魔師の日常

 お客さんがいる時には、接客業務に集中する。
 掃除など、接客に関わらない仕事はお客さんの前ではしない。
 これが、じいちゃん譲りの【松の湯】のコンセプトだ。
 ノリカちゃんしかいない今も、そのコンセプトは遂行している。
 だって、あたしもそれには大賛成だから。
 かといって別にする事もなく、あたしは番台に座りながら休憩室のTVを眺めていた。
 深夜のニュース番組をやっている。
 けど、視界には映っていても、番組の内容なんて頭に入っていなかった。
 暖簾を下げた今はもう、お客さんは来ない。
 ――と、思っていたのに。
 ガラガラ、と入り口の引き戸が開いたのは、12時まであと3分という時間だった。
 誰だよこんな時間に?
 まさかシゲさん、酔いが醒めずにまた冷やかしに来たとか?
 この下町の住人ははぼ全員、ここの営業時間は知っている筈。
 だから、この時間に来る人なんて、故意に冷やかしに来たとしか思えない。
 ・・・って。


「え?」


 誰? って聞く間もなく、入って来た人物はそのままスッと休憩室を通り抜けて。


「ちょっ・・・ちょっと待てぇー!!」


 あたしは慌てて番台から飛び降りて叫んだ。
 入って来た人物は、ゆっくりとこっちを振り返る。
 ――・・・一瞬、思わずドキッとしてしまう。
 背が高くてスリムで、サラサラのストレートヘアは少し長めで、前髪で目が隠れる位だった。
 細身のジーンズに、袖が長い黒いTシャツを着ている。
 五月に入ったばかりとはいえ、夜はまだ肌寒い。
 この格好で外を出歩くと、風邪引いちゃうんじゃないのか。


「いやだから、ちょっと待てって言ってるでしょ!」


 あたしが固まっているのをいい事にまた脱衣所に進もうとしたそのイケメンに再び声をかける。
 声を掛けるっていうよりは、殆ど怒鳴り声だったけど。
 さっきよりも二歩進んでこっちを振り返ったその顔に、あたしはまたドキドキした。
 なっ・・・何か、言わなきゃ。