下町退魔師の日常

 でも、幹久が何と言おうと、あたしだってここで引いたり出来ない。


「幹久だって、これからパパになるんでしょ? もし幹久に何かあったら、詩織ちゃんだけじゃなく赤ちゃんも悲しむ事になるんだよ。だから」
「バカかお前は」
「はぁぁぁ!?」


 バカとは何よ、と言い返そうとしたあたしよりも、幹久の言葉の方が早かった。


「同じ事だろ。どうせいつか鬼姫は復活するんだ。何日後か何百年後か知らねぇけどな。そんなら俺は、まだ見てない未来の退魔師より、まっちゃん、お前を信じる」
「・・・・・・」


 何て言っていいのか。
 至極まともで、あたしを信じると言い切ってくれた幹久をこれ以上説得する言葉が見つからない。
 悔しい、幹久なんかに言い負けた!
 それも、完璧に。
 口をあんぐりと開けたまま何も言い返せないあたしを、久遠くんはくっくっと喉の奥で笑いを堪えながら見ている。
 幹久は、ソファーの上で勝ち誇ったように仰け反ってあたしを見据えて。


「腹ァくくれよ、まっちゃん!」


 分かった、分かったわよ!
 上等じゃない、そこまで言うんなら。
 どんな事をしても、勝ってみせる。
 手足の一本や二本もぎ取られたって、鬼姫を打ち負かす!


「やっとやる気になったらしいな。じゃ、俺はちょっと皆を集める段取りしてくるわ」


 鼻息荒いあたしの肩をぽんぽんと叩くと、幹久は松の湯を後にした。


「マツコ」


 まだ笑いそうになりながら、久遠くんは言った。


「何よ?」


 憮然として振り向くあたし。


「夜もだんだん更けていくんだけど、まだノートと格闘するか? それとも、そこに書いてある事から俺が考える推理を、お前に簡単に説明しようか?」


 あ、なぁんだ。
 それならそうと、最初から言ってくれればいいのに。


「お願いいたします」


 あたしはそう言って、久遠くんに頭を下げた。